なんと!シバウラS-30Aをヤンマーで売っていた!「妄想年表」

今日は時間がないので短めに行きます。ヤンマーの社史「豊穣無限-ヤンマー農機20年のあゆみ」に、「シバウラと提携してS-30Aを1969年から1973年まで売っていた」とあったのに驚いたのでそのお話。

カタログというよりは「販売資料」と呼んだほうが良さそうなシバウラS-30Aのカタログ。
スッキリとして上品なフォルムのトラクターです。シートクッションが気になりますね。どうも肥料の袋かなんかに見えます。肥料の袋に綿状のものを入れてクッションにしているのでしょうか?
S-30Aはスッキリとして上品なフォルムのトラクターです。後のシバウラの四角いシリーズの基本形になったスタイル。一応赤白ツートンで、なんとかヤンマーファミリーと言えなくもないです。

シートクッションが気になりますね。どうも肥料の袋かなんかに見えます。肥料の袋に綿状のものを入れてクッションにしているのでしょうか?

ヤンマーになるとこうです

白黒なのが残念です。S-30A YANMAR SHIBAURAと書かれているのが何とか読めます。おそらく目の下にYANMARのエンブレムが貼ってあるのでしょう。
白黒なのが残念です。S-30A YANMAR SHIBAURAと書かれているのが何とか読めます。
おそらく目の下にYANMARのエンブレムが貼ってあるのでしょう。

あのS-30Aがヤンマーで・・・知らなかったなぁ。

社史にこうあります

42年6月に、当社と「石川島芝浦機械株式会社」(東京都)との間で、トラクタの生産・販売に関する業務提携が成立した。できれば、両社の間で生産機種を調整し,相互で販売を行おうという狙いであった。当面、当社の27馬力クラスの生産を同社に委託することから接触をはじめた。

ヤンマーの社史「豊穣無限-ヤンマー農機20年のあゆみ」より

どうも耕うん機が全盛の時にメーカーが乱立し、(一説に130社とも)開発費、コストに対してその利益が非常に少なかったことからの反省で、「トラクターはそうなってはならない」という機運が官民ともあり、できるだけ少ないメーカーでやっていこうとしていたようです。

実際に国からそのような指導もあり、それを受けての提携ということのようでした。

様々なメーカーの耕うん機があった時代はアイディアに溢れていて、見る側としては楽しいです。しかし、「メーカーとしては苦労して作った機械が思うように売れない」と、非常に苦しかったことがわかります。

ということで年表を作るとこうなります

さっそく妄想年表を作るとこうです。

S-30Aのヤンマーとしての販売は1973年まで。1年空けて後継として1975年からYM3000が発売されています。
S-30Aのヤンマーとしての販売は1973年まで。1年空けて後継として1975年からYM3000が発売されています。

YM3000

直線を基調としたデザインながら、エンジンフードは美しいカーブを描いて前に下がり、視界を確保するスラントノーズ。ん??丸いYM3000バッジとサイドデカールの間に小さなRバッジ・・・
YM3000は見たことがあるのは2台。

時間がなくなってきました。全体の年表に書き入れるとこう

確かに昭和47年付近を境に車種がグッと増えていきそうな気配があります。このあたりで「耕うん機の轍を踏まない」という気持がもちあがってもおかしくありません。
確かに昭和47年付近を境に車種がグッと増えていきそうな気配があります。このあたりで「耕うん機の轍を踏まない」という気持がもちあがってもおかしくありません。

今日はこんなところです。また明日!

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