Dトラ:三菱D1450リモート「撮りトラ」

/今日はいつもお世話になっている伊藤産業機械㈱さんに送ってもらった、三菱D1450リモート「撮りトラ」です。

三菱D1450です。仲間から譲り受けたものをレストアしたのだそうです。レストアもそうですけど、看板、新しくしたんですね!
三菱D1450です。仲間から譲り受けたものをレストアしたのだそうです。レストアもそうですけど、看板、新しくしたんですね!
3気筒のマイサンです。マイサンのラインナップにはD1100とD1300の流れがあるように思います。このD1450はD1300の流れ。
3気筒のマイサンです。マイサンのラインナップにはD1100とD1300の流れがあるように思います。このD1450はD1300の流れ。
トラクター狂さんが送ってくれた雑誌の切り抜きです。ブルーが変えた若者のハート。と書いてあります。
トラクター狂さんが送ってくれた雑誌の切り抜きです。ブルーが変えた若者のハート。と書いてあります。顔が黒くてD1450とは雰囲気がちょっと違いますが、このD1300がD1350→D1450→MT1401と変化して行ったみたいです。
三菱のトラクターは1980年頃まで佐藤造機が生産し、三菱機器販売が売っていたようです。
このマイサンD1300もフルレストア。マイサン、好かれてますね!
主変速のところにSL速度取扱い上の注意と書いてあるのが見えます。黄色いラインにカメの絵も・・・SL・・・なんでしょう?スパーロー?クリープみたいなものでしょうか?
主変速のところにSL速度取扱い上の注意と書いてあるのが見えます。黄色いラインにカメの絵も・・・SL・・・なんでしょう?スパーロー?クリープみたいなものでしょうか?
こういうところ、ちゃんと撮ってくれています。 型式名 SM-T13J 区分 三菱D1450P 発売元 三菱機器販売株式会社 製造会社 佐藤造機株式会社 製造番号----
こういうところ、ちゃんと撮ってくれています。

型式名 SM-T13J
区分 三菱D1450P
発売元 三菱機器販売株式会社
製造会社 佐藤造機株式会社
製造番号—-
タイヤ新品だそうです。こういうタイヤ、まだ売っているんですね。
タイヤ新品だそうです。こういうタイヤ、まだ売っているんですね。写真に情報がなく、安全鑑定にも載っていなくて、3気筒と言う以外にスペックはわかりませんでした。
前出しのマフラー、カッコいいですね!初代マイサンがエンジンフードの上に乗っています。
前出しのマフラー、カッコいいですね!初代マイサンがエンジンフードの上に乗っています。
作業機の操作は超シンプル。これだけみたいです。
作業機の操作は超シンプル。これだけみたいです。
左手側にはなにもありません。
左手側にはなにもありません。
おもしろいのは工具箱。シートの下にあります。
おもしろいのは工具箱。シートの下にあります。
あけてみると・・・これはタイムカプセルですね。中にたいしたものは入っていませんが、当時の空気が入っていそうです。玉手箱みたい。
あけてみると・・・これはタイムカプセルですね。中にたいしたものは入っていませんが、当時の空気が入っていそうです。玉手箱みたい。
もし、鉄屑にしてしまえば二度と作られることのないトラクターがこの世から消えることになります。レストアや保管は好きであったり、好きでも余裕がなければできません。このD1450はラッキーでした。これで少しも生きながらえることができます。
もし、鉄屑にしてしまえば二度と作られることのないトラクターがこの世から消えることになります。レストアや保管はお金を生みませんから、好きであり、余裕もなければできません。このD1450はラッキーでした。これで少しも生きながらえることができます。残ってそこにあれば何かを伝えることができるかもしれません。やはり写真では伝わらない、目の前にすれば実機でなければ感じられない存在感があります。

これは僕、見ていないですけど。鉄の塊ってそんな感じです。

リモート撮りトラでもリモートカタログでもお待ちしています!今日はこんなところです。また明日!

ダイキン・ヤンマーの田植機1965-1973年までの年表

年表ブームになってしまったので、先日のダイキン・ヤンマーの田植機年表1965-1973年までを仕上げました。今日はそれで終わりです。

僕は写真を並べても、文字で書いてもなかなか前後関係をイメージしにくいので、どうしてもタイムラインに並べてみたくなるんです。

ダイキン・ヤンマー田植機年表1965-1973ダイキン・ヤンマー田植機年表1965-1973ダイキン・ヤンマー田植機年表1965-1973ダイキン・ヤンマー田植機年表1965-1973

1966年と1971年の停滞

これを見ると、停滞期が2個所あります。ひとつ目の1966年の停滞期・・・1965年にダイキンは田植機を開発したのに、その成果は書かれていません。

全くの想像でしかありませんが最近ネットの記事で、「ダイキンは販売する力が若干弱い」説き記述を見かけたので、もしかしたら「作ったけど売れかなった」のかもしれません。

で、想像に想像を重ねてとんでもない方向に行っているかもしれませんが、「売る力」を求める意味もあってヤンマーと提携したのではないでしょうか?

そしてもう一つの停滞期は、ひも苗式が敬遠されてシェアが下がり、マット苗式の開発をしていた時期なのでしょうね。

すみません。今日はこんなところです。それではまた明日!