1960年認定農185号、剣持勇デザインで歌まで作って朝丘雪路に歌わせ2年で生産終了。農民車コマツ「朝1分の農機考古学」

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毎日サクッとネット画像で見る「朝1分の農機考古学」。『スキマを埋めて日本農機の流れを把握!「運輸省型式認定番号」』シリーズ。今朝は1960年運輸省農耕作業用軽自動車型式認定、農民車コマツWG06-1です。農民車コマツは今から60年以上前の農機なので、今からすると色々驚きの過去を持っていました。

そもそも農民車コマツってどんなトラクター?

1960年代初頭、当時も乗用型のトラクターはありましたが、高価な外国製だったり、日本の多くの狭い圃場にはオーバスペックだったと思われます。

そこへ「歩く農業から乗る農業へ」をキャッチフレーズに、これまでの歩行型の耕耘機から乗用型のトラクターへ変換してもらおうと僕が思うに「安価な乗用型トラクターを提供しよう」と考えられ投入されたのが農民車コマツだったと思うんです。

これまであったトラクターとは全く違うデザイン。意欲的、実験的なトラクターでした。

今日は資料を見ていて発見した農耕作業用軽自動車型式認定番号と、ネットの情報でいくつか興味深いものがあったのでそれらを合わせて再掲です。

以前の記事です。はじめにコマツユニカというトラクターを知っていて、その後農民車コマツ(形はほぼ一緒)を知ったので、その違いに気がついた記事です。

以下、そこから少し引用しますね。

これが農民車コマツです。僕らの「トラクター」というイメージと少し違いますよね?どちらかといえば車に近い・・・しかし、一般の人が「乗る」「乗る農業」から連想するのはこういう車に近い姿だったかもしれません。
これが農民車コマツです。僕らの「トラクター」というイメージと少し違いますよね?どちらかといえば車に近い・・・しかし、一般の人が「乗る」「乗る農業」から連想するのはこういう車に近い姿だったかもしれません。
「農民車コマツ」とでっかく書いてあります。これはインパクとありますね。komatsuのロゴが古いので1960年代は間違いなさそうです。
カタログです「農民車コマツ」とでっかく書いてあります。これはインパクとありますね。komatsuのロゴが古いので1960年代は間違いなさそうです。 「農民車コマツ」って通称とか愛称なのかと思っていたのですが、正式な販売名だったようです。売り方も斬新です。
残念なのは細かいところがわからないこと。少し書き直してみました。もし、古いロゴタイプをお持ちの方がいましたらトレースして図をきれいに完成させたいと思いますのでご連絡下さい!よろしくお願いします!
ロゴからなぜ1960年代と言えるのか・・・その根拠がこれです(自家研究ですけど・・・)まあ、半分OBのお墨付きを得ていると思うので、かなり正しいはずです。
アタッチメントも色々あったのですね。ちょっとブルトラ以前のブルトラという感じです。使い倒す感がすごいです。
アタッチメントも色々あって、本格的なトラクターだったことがわかります。
色々ありますけど、スペックから行きます。エンジンは6馬力/3600r.p.mと、コマツユニカLT1000やLT1200に比べると非力です。
色々ありますけど、スペックから行きます。エンジンは6馬力/3600r.p.mと、その後出るコマツユニカLT1000やLT1200に比べると非力です。

この、農民車コマツの型式がWG06-1と書かれているのを覚えていてください。

農民車コマツは1960年認定農185号だった

僕が見つけた資料には農185号に株式会社小松製作所の型式WG601が農耕作業用軽自動車(今の所1962年前後農322号まで軽自動車表記、その後小型特殊自動車)として型式認定されています。

これが農民車コマツの認定番号と見ていいでしょう(多分)。

コマツWG601、農185号は、農175号で1960年認定「国産初乗用トラクター」と宣言しているクボタT15の少しあと、その後認定された同じく1960年認定の農203号クボタKV型と挟まれていますから、1960年型式認定と考えられます。

コマツ農民車、最初の最初ではないけれど、「国産初乗用トラクター」と同年に発売された乗用トラクターだったわけです。

というわけで、WG601がコマツ農民車だったとすればの前提(僕は確実だと思っています)ですが、シートに記入します。1960年型式認定のコマツ農民車・・・高価な舶来品はあったけど、安価な国産品の力が弱く、便利な生活を享受できなかった時代に「知恵と勇気」で立ち向かった感じが出ていてものすごく興味深いです。
というわけで、WG601がコマツ農民車だったとすればの前提(僕は確実だと思っています)ですが、シートに記入します。1960年型式認定のコマツ農民車・・・高価な舶来品はあったけど、安価な国産品の力が弱く、便利な生活を享受できなかった時代に「知恵と勇気」で立ち向かった感じが出ていてものすごく興味深いです。

エンジンはコマツ1N74型と別の資料からわかっています。単気筒700ccクラスだったことが伺えます。

『農機の運輸省型式認定番号一覧表』に追記しました

『農機の運輸省型式認定番号一覧表』を固定ページで公開しました。一番上のメニューから入れるようにしています。これから新しく運輸省型式認定番号を発見するたびに追記することにします。

追記:今まで一部の環境ではテキストが読めなかったということがわかったので修正しました。スマホでも読めるようになったと思うのですが、もし読めない場合はコメント欄でもメールでも構いませんので連絡をください。お願いします!

ここからが本題

コマツ農民車がWG06-1でありWG601であり農185号の型式認定を受けていた・・・そんなことを別々の資料を突き合わせて組み立てて行ったわけですが、ネット検索でもいろいろなことがわかりました。

ネットニュースに上がってました

コマツの労働組合「コマツユニオン北陸支部」が農民車コマツの復元に取り組んでいる/復元がなった・・・という二本の記事がネットニュースに上がっていました。

コマツ農民車は剣持勇デザイン!

農民車コマツは全長二・三メートル、幅〇・九八メートル、最高時速は一四・四キロ。三人乗りで、オレンジ色の外装がトレードマーク。一九六〇(昭和三十五)年、農耕と街乗りの両方に使えるよう製造、販売を開始。デザインは世界的な工業デザイナーとして知られる剣持勇が手掛けた。たった二年で販売が中止になり、四千三百台しか生産されなかったため、希少という。

中日新聞

安価な上に街乗りと農耕の両方を考えた!!!しかも剣持勇デザイン!

剣持勇といったら様々なデザインで知られる工業デザイナーじゃないですか!実家にもこの椅子あります!!

しかし・・・そんな画期的なものが2年しか売られなかったとは・・・意欲的だったわりには諦めが早いっ!

中日新聞翌年の記事では完成したと報じられています。二度と作られることのない農民車。走る状態に戻すことはとても意義のあることです。このまま動態保存、維持されていくといいですね!(それが一番難しいことでもあるのですけど)
ボロボロがピカピカに・・・というわけですね!

もっとすごいの発見!歌が作られてた!

中古レコード屋さんのブログで「農民車コマツの歌」というのが紹介されていました!

剣持勇デザインで街乗りも農耕も・・・というのだけでもすごいのに、なんと歌まで作られていたのです。しかも朝丘雪路が歌ってる!! どこまで攻めるんだコマツ!
剣持勇デザインで街乗りも農耕も・・・というのだけでもすごいのに、なんと歌まで作られていたのです。しかも朝丘雪路が歌ってる!! どこまで攻めるんだコマツ!
1.嫁に行くならあの家へ
        赤い車の農民車
 乗ってたがやす
        乗ってたがやす
        すてきな車
 “コマツコマツの農民車”
 黄金の花をパッと咲かせる
       コマツ農民車
   農民車コマツ
 
2.嫁に行くならあの家へ
         赤い車の農民車
 見る間にたがやす
         見る間にたがやす
         たんぼに畠
 “ほっておこして土かえし”
 黄金の夢がパッと咲いた
         コマツ農民車
         農民車コマツ

 3.嫁に行くならあの家へ
          赤い車の農民車
 黄金のみのりを
         黄金のみのりを
         運んで行く
 “今年しゃ豊年満作だ”
 乗って楽しい赤い車の
         コマツ農民車
         農民車コマツ

う〜ん・・・これなら10分ぐらいで詩は書けそうですね・・・歌に画期的なデザインに・・・多分他に比べ安かったでしょうから、本当に売り方としてこんなに徹底していたのに・・・

売れなかったのですかねぇ・・・2年4300台あまりで打切りという理由がどうだったか知りたいですね。社史などに書いてあるのでしょうか?

レコードジャケット裏絵みたいです。軽やかで特徴を捉えたイラストですねぇ・・

1960年代、本当に面白い

ツイッターで同じくコマツのこんな歌をあげている人がいました。ホレホレ節・・・ふざけてるのか!
ツイッターで同じくコマツのこんな歌をあげている人がいました。ホレホレ節って・・・ふざけてるのか!
大きい会社がCM打つとなったらコマーシャルソングを作るのでしょうけど、なんとなくそれとは違う、遊んでいるような印象を持ちます。コンプライアンスも何もない時代(あったのはあったでしょうけど)なんだか面白そうですねぇ
大きい会社がCM打つとなったらコマーシャルソングを作るのでしょうけど、なんとなくそれとは違う、遊んでいるような印象を持ちます。コンプライアンスも何もない時代(あったのはあったでしょうけど)なんだか面白そうですねぇ

すでに農業用の発動機はあまた発売されていて、国産の耕運機がバカバカ出ていた時代です。「次は乗用トラクターだ!」というのがわかっていて出した農民車コマツ。デザインに歌にと(なんだか給湯室や内輪の生のアイディアが形になったような)意欲的なデザインでしたが2年で販売終了・・・

諦めが速いとは思いますが、もしかしたら6馬力とはちょっと非力でしたかね。

しかし、これらはコマツユニカとしてのちに生まれ変わるのでした。

コマツユニカLT1000

土の館で見たコマツユニカLT1000です。

コマツユニカLT1200

こちらは某所で見たコマツユニカLT1200

今日はすっかり時間を食ってしまいました。「朝1分の農機考古学」じゃなかったですね・・・それではまた明日!

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