田植機考古学:三菱田植機年表1968-1975とダイキン・ヤンマー/イセキ/クボタ年表比較

今日は「田植機考古学」。今までヤンマー、イセキ、クボタと田植機黎明期の年表を作ってきたので(簡易的に)、三菱の年表も作って比べてみます。日本に田植機が生まれて50数年、トラクターに比べて歴史は若いのに、その情報は圧倒的に少ないです。もっと田植え機に光を!!

三菱

年表には手持ちの資料と写真、それからネットで探してきた画像を入れるわけですが、?が並んでしまって本当に情報が少ないです。三菱最初の田植え機はPS20Fという機種だそうですが、どんな機械だったのか全くわかりません。
年表には手持ちの資料と写真、それからネットで探してきた画像を入れるわけですが、?が並んでしまって本当に情報が少ないです。三菱最初の田植え機はPS20Fという機種だそうですが、どんな機械だったのか全くわかりません。

少ない情報・・・単独で見ても面白くないので、他社同時期の年表と比べてみます。

ダイキン・ヤンマー

最も早くから試行錯誤した姿が表に出ていたダイキン・ヤンマー

ヒット作を中盤に生み出したイセキ

音頭とアイドル、キャッチコピーでヒット作を生み出したイセキ

理想的な位置につけたクボタ

市場と他社をにらんだ開発で理想的な位置につけたクボタ

と、こんな風に特徴をあげていくとすれば三菱は「クボタよりもさらに田植機の動向を見極めて確実に後を追った」感じでしょうか?

1965-1969

1965年から1969年にかけてごく初期にダイキン・ヤンマーがヒモ苗式で、中盤イセキがティラーアタッチメントで、クボタが後半にマット苗式で動きを見せているのに対し、三菱の場合外に成果は見えていません。
1965年から1969年にかけてごく初期にダイキン・ヤンマーがヒモ苗式で、中盤イセキがティラーアタッチメントで、クボタが後半にマット苗式で動きを見せているのに対し、三菱の場合外に成果は見えていません。

1970-1972

1970年、全ての会社の田植機が出そろいます。そして1971年にイセキが「さなえ」という田植機のスタンダードを生み出し、他社がそれを追う・・・という形になります。「さなえ」の苗台の向きは1971年時点で固まっていて、ここからずっと同じ向き。対して他社は皆逆向きです。
1970年、全ての会社の田植機が出そろいます。そして1971年にイセキが「さなえ」という田植機のスタンダードを生み出し、他社がそれを追う・・・という形になります。

ヒモ苗式で先行するもマット式田植機で遅れをとったと自認するダイキン・ヤンマーもマット式に方向転換し、1972年に伊吹AP2で追いつきます。

「さなえ」の苗台の向きは1971年時点で固まっていて、ここからずっと同じ向き。対して他社は皆逆向きです。

1973-1975

1973年からは4社全てがマット苗(バラマキ式っていうんですか?)で揃いました。ただ、イセキの「さなえ」が頭一つ抜けている感じです。そうそう、愛称もイセキの「さなえ」だけでなく三菱が「すくすく号」佐藤造機が「わかくさ号」ヤンマーが「伊吹」と出てきました。クボタだけがまだ愛称なしだったんですかね?
1973年からは4社全てがマット苗(バラマキ式っていうんですか?)で揃いました。ただ、イセキの「さなえ」が頭一つ抜けている感じです。

そうそう、愛称もイセキの「さなえ」だけでなく三菱が「すくすく号」佐藤造機が「わかくさ号」ヤンマーが「伊吹」と出てきました。クボタだけがまだ愛称なしだったんですかね?

また、苗台もイセキ以外の3社はまだ手前に倒れたタイプでした。本当の意味で全社が同じ形状の田植機を売り出すのは1975年以降になります。

なんだかヨットレースみたい

こうやってみると日本から太平洋の真ん中「田植えの機械化島」を目指すヨットレースみたいです。

1950年代から1969年まではてんでに「田植えの機械化島」を目指して大海原に漕ぎ出した各社。きっと独自の考えで走っていたため、他社のヨットは見えなかったでしょう。

しかし1970年、だんだん「田植えの機械化島」に近づいてくると他の船も見えるようになります。「どんなことをやろうとしているのか」もおぼろげながらわかるようになってきたのではないでしょうか?

1971年、ヤンマーと三菱からはイセキの「さなえ号」が先行、クボタが後を追っているのが見えてきます。時間が経つにつれさらに抜けて行くのを見、1973年に一気に方向転換。

1975年にはイセキを先頭に全社がそれを追う形になった・・・そんな感じじゃないでしょうか?

今日はこんなところです。それではまた明日!

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“田植機考古学:三菱田植機年表1968-1975とダイキン・ヤンマー/イセキ/クボタ年表比較” への3件の返信

  1. Humbert
    The reason for the lack of technical information is the Japanese lifestyle of throwing away old things and buying new ones. I’m sure much of the TE150 information you’re looking for has been discarded. Therefore, if you want it, you have to wait without expecting it.

  2. Yes now…

    Excellent chronology, in 50 years the 4 companies had different proposals, agreeing on a common idea … how many tests to get there!
    What is the reason for the lack of technical information?

    I’m still looking for a manual for the TE150 Toyosha engine incorporated into the Hinomoto MB1500 line.
    good in someone must jealously guard it ..
    greetings good job !!!!

  3. Excellent chronology, in 50 years the 4 companies had different proposals, agreeing on a common idea … how many tests to get there!
    What is the reason for the lack of technical information?

    I’m still looking for a manual for the TE150 Toyosha engine incorporated into the Hinomoto MB1500 line.
    good in someone must jealously guard it ..
    greetings good job !!!!

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