ヰセキ管理機KC-2→運輸省型式認定番号が判明!60年代農446号

今日は農機の年式を推定するために運輸省型式認定番号を使おうという『運輸省型式認定番号で日本の農機を年代別にソートしよう!』シリーズです。手持ちの資料と「ネットの写真で撮りトラ」からヰセキの管理機KC-2の運輸省型式認定番号が判明したよ!という情報です。番号は農446号と、かなり古い60年代の番号でした。

ネットで見つけてきたKC-2の写真です。柔らかな曲線とメッキのヒートガード。プラスチックの質感が見当たらないところがいい感じです。ハンドルの付け根の大きな歯車が特徴的!これは一体どんなや鎖を持っているのでしょう?
ネットで見つけてきたKC-2の写真です。柔らかな曲線とメッキのヒートガード。プラスチックの質感が見当たらないところがいい感じです。ハンドルの付け根の大きな歯車が特徴的!これは一体どんな役割を持っているのでしょう?
反対側もやはり柔らかな曲線で素敵です。エンジンのカバーがいいですよね!ヰセキの社史では管理機とされています。ただ、丸い銘板にはTILLERと書いてあります。
反対側もやはり柔らかな曲線で素敵です。特にエンジンのカバーがいいですよね!シンプルで美しい!ヰセキの社史では管理機とされています。ただ、丸い銘板にはTILLERと書いてあります。
拡大します。古いヰセキのロゴです。ダブルラインのISEKIは珍しいかも。
拡大します。古いヰセキのロゴです。ダブルラインのISEKIは珍しいかも。
イセキトラクター TC-10
チェリートラクターはこんなロゴでした。大体の形は決まっていたのでしょうが、細かいところは自由が効いたのかもしれません。

運輸省型式認定番号は60年代農446号

大きくMade in Japan(ちょーーーっとダサい感じ)。フランスで大事に使われているみたいです。そうそう、このKC-2の運輸省型式認定番号は手持ちの資料で農446号とわかりました。
大きくMade in Japan(ちょーーーっとダサい感じ)。フランスで大事に使われているみたいです。そうそう、このKC-2の運輸省型式認定番号は手持ちの資料で農446号とわかりました。

ヰセキの社史ではKC-1、KC-2とも1964年に誕生したということになっています。早速データシートに記入します。

こうなりました。これを見ると、小松ユニカが土の館のキャプションで1953年型とされているとありますが、運輸省型式認定番号がついていることや前後の関係で1964-1965年あたりのものであるということがわかります。このように、年代のクロスチェックができる・・・ということですね!
こうなりました。これを見ると、小松ユニカが土の館のキャプションで1953年型とされているとありますが、運輸省型式認定番号がついていることや、前後の関係で、1964-1965年あたりのものであるということがわかります。このように、年代のクロスチェックができる・・・ということですね!

400番台はトラクターの黎明期、耕運機の普及期です。ただ、運輸省型式番号の銘板をつけている機種が少ないのと、そもそも残っている機体も少ないということでなかなか集まりません。

貴重な400番台、そして一つでも多くの2桁を発見すべく今日もネットの海をぶらぶらしてみます。それではまた明日!

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“ヰセキ管理機KC-2→運輸省型式認定番号が判明!60年代農446号” への6件の返信

  1. hyoukou240mさん おはようございます
    ありがとうございます!
    なるほど!ハンドルをまるっきり反対に向けることもできるのですね!
    全部の管理機がそういう機構を持つのかどうかはわかりませんけど、便利ですねぇ

  2. Humbert,
    You’re right. Besides, they must have been able to have a slight sense of superiority.

  3. ハンドルの付け根の歯車は、おそらくハンドルを回転させて
    固定するためのものでしょう。
    黒い把手を下げてロックを外し、角度を替えて固定します。
    耕した跡を踏みたくない時や、壁際を耕す時に使います。

  4. Nora,
    Undoubtedly it is an excellent machine, if we had had one of these machines only 30 years ago, the farmer’s tasks would have been significantly simplified.

  5. humber
    Is your concern that the machine is small? About 60 years ago, in Japan, the cultivated area was 0.55 hectares per farmer. And the cultivated land was finely divided, and it was cultivated mainly using cows and horses. It looks powerless, but I think it was useful because it was less troublesome than livestock.

  6. Good photos, Good compilation work. excellent model to be from the year 1964.
    How much does it mean to incorporate these machines to field work, productivity and an encouragement to the hard work of the farmer.

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