人は石垣。FORD8N「積み上げるということ」

今日は調べ物をしているうちにイケナイものを見つけてしまい、そちらに考え・興味が行ってしまいました。世の中がお休みで見に来る人も少ないので、グダグダと結論も答えも出ないことを考えるには都合の良い日です。

いちばん最初に見つけたのはこの写真。「こりゃなんだ?」という感じですよね?きっちりFORD8Nに沿って積み上げられた薪。几帳面な仕事です。すぐにわかることは「このトラクターをしばらく使うつもりがない」ということです。つまり、トラクター本来の役割、仕事以外の機能を求めているということです。だって、これじゃ運転できないですもん。
いちばん最初に見つけたのはこの写真。「こりゃなんだ?」という感じですよね?きっちりFORD8Nに沿って積み上げられた薪。几帳面な仕事です。すぐにわかることは「このトラクターをしばらく使うつもりがない」ということです。つまり、トラクター本来の役割、仕事以外の機能を求めているということです。だって、これじゃ運転できないですもん。
調べてみると、Heath Matysek-Snyderという方の「tractor stack 2.25」アートインスタレーションのようでした。まあ、そうですよね。
調べてみると、Heath Matysek-Snyderという方の「tractor stack 2.25」アートインスタレーションのようでした。まあ、そうですよね。このFORDは地域や文化を象徴・暗喩しているもののようで、それを薪のスタックに組み込んでしまうことで・・・何を表しているのでしょう・・・?

それはわからないけれど、新鮮な驚きと刺激を与えてくれることは確かです。アートの世界では当たり前の手法なのだと思いますが、普段の姿と違うトラクターは「いつもと違うことを考える」スイッチを入れてくれるような気がします。

薪がない状態で僕がこれを見たときの感覚。擦り切れて光る鉄の地肌、各部の錆、やれた塗装・・・などなどから感じる雲のようなモヤモヤしたものが可視化されたような気がします。捕虫網を散々振り回し、大汗をかいて捕まえる作業もなしに「あ!そうか」と楽ができるような感じ。ただの薪なんですけどね。
薪がない状態で僕がこれを見たときの感覚。擦り切れて光る鉄の地肌、各部の錆、やれた塗装・・・などなどから感じる雲のようなモヤモヤしたものが可視化されたような気がします。捕虫網を散々振り回し、大汗をかいて捕まえる作業もなしに「あ!そうか」と楽ができるような感じ。ただの薪なんですけどね。

考えすぎといえば考えすぎ。まあ、いいじゃないですか。こんな日があっても。

「人は石垣」なんて言葉があったかも・・・なんて調べてみると武田信玄の言葉でした。

正確には『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』という言葉でした。「どんなにすげー城作ってもさー、結局人なんだよね」という彼の経験からくる教訓なのでしょう。

これを見てもおよそ強固な石垣には見えません。ちょっと倒れないか心配に思っていたのですが、パイプで四角に囲っておさえてあるんですね。それを四方にワイヤーを張って引いているようです。
これを見てもおよそ強固な石垣には見えません。ちょっと倒れないか心配に思っていたのですが、パイプで四角に囲っておさえてあるんですね。それを四方にワイヤーを張って引いているようです。

日本では作品保護の観点からも鑑賞者保護の観点からもこの展示は難しそうですねぇ。

こういうの、見たことある

そういえばこういうの、作品じゃなくても北欧(に、限らず、薪を必要とする地域で、几帳面な人がいる限り)などにありそうです。おしゃれ番長として室内に「見せる収納」的に綺麗に薪を並べている写真、見たことありますもん。

ネットで写真を探してきました。白い壁に綺麗に並んだ薪。素敵ですねーーー。
ネットで写真を探してきました。白い壁に綺麗に並んだ薪。素敵ですねーーー。
こちらもネットで探した写真。これも素敵です。ビルトインの薪ストーブ。というかフルカバーの暖炉?
こちらもネットで探した写真。これも素敵です。ビルトインの薪ストーブ。というかカバー付きの暖炉?

しかし、燃すに当たって下から抜くわけに行かず、上からとるわけで、となると椅子かなんか台にして・・・ということになり、かなり間抜けなんですけど大丈夫かな?

それから、日本では蜘蛛が薪からいっぱい出てきたり、カミキリムシの幼虫が薪の中でガシガシ食って粉がいっぱい出たりして汚くなるのですけど、あちらの方ではそんなことはないのでしょうか?

とにかく掃除、掃除ですか?

アートと生活のあいだ

室内に限らず、薪(積むものは薪に限りません)を積む作業は何か人を駆り立てるものがあるみたいです。ネットを探すと様々な写真が上がっています。

今気がついたのですが、ずいぶん時間が押しています。ちょっと飛ばし気味にいちいち探した写真を下に並べちゃいますね!どれも素晴らしく愛おしい人の営みという感じです。

刈り取った稲を乾燥させるときにやっていた、「おだ掛け」に通じるような様々な個性。黙々とした作業、ほんのちょっとのいたずら心と愉しみ・・・人は写っていないけど、その姿が見えるようです。

薪を積むということ

石も薪もどれ一つとして同じ形のものはありません。「積む」ということは、個々の特徴を見極めて凹凸を組み合わせるという、空間を把握する作業。文化も城も地域もそんな個々の組み合わせでできている。そんなことを信玄Heath Matysek-Snyderさんも言っていたのかもしれません。

綺麗にまとまったか?今日は・・・・

やべえなぁ

それに比べて僕の薪は油断しすぎです。「崩れてもいいいや」「どうせ燃すから」という様々な言い訳がダダ漏れ・・・
それに比べて僕の薪は油断しすぎです。「崩れてもいいいや」「どうせ燃すから」という様々な言い訳がダダ漏れ・・・

しかし、その特徴ある石や薪にもにも大小、優劣があるっちゅうことですね。クズ石、クズ薪にももちろん役割はありますけどね。

お後がよろしいようで・・・それではまたあした!

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