「田植機考古学」クボタの田植機樹形図は思ったよりずっと複雑だった。ブルトラアタッチメントSPR600「昔のカタログ」

怒濤の灼熱展示会巡りの週末が終わりました。MさんNさんありがとうございます。

といっても今日は展示会のおはなしではなく、北海道の中古ヤード。andoさんやhokkaidoujinさんと見た、初めは田植機アタッチメント付きだと思ったクボタトラクターブルトラB5000の「撮りトラ」です。

先日の『田植機と思ったけど、よく見たら違った。クボタブルトラB5000+アタッチメント@「撮りトラ」』の記事で新たな事実が判明してしまいました。

クボタブルトラB5000はtractordata.comによると1973年1977年。クボタ500cc2気筒ディーゼル9馬力。
クボタブルトラB5000はtractordata.comによると1973年1977年。クボタ500cc2気筒ディーゼル9馬力。

ブルトラについてはブルトラのタグばかりをソートしたリンク『クボタブルトラB5000+田植機アタッチメントの一部・・・「撮りトラ」』に詳しいのでそちらを見てくださいね。

ブルトラ田植機アタッチメントにはSPR600とSPR6000があった!

保全会フェイスブックのほうの投稿になんとブルトラ田植機アタッチメントのカタログの写真を寄せてくれた方がいたんです!

というわけ「田植機考古学」+「昔のカタログ」シリーズ、行ってみます!

ブルトラの頃のカタログと同じ体裁でクボタ乗用田植機、乗用6条植 SPR600とあります。
ブルトラの頃のカタログと同じ体裁でクボタ乗用田植機、乗用6条植 SPR600とあります。

カタログにはこうあります

●初めて出現!乗る田植機

冷たい泥水ともこれでお別れ。
乗ったままのすばらしい快適作業を
おお届けする、乗用田植機の出現です。
その作業スピードは歩行タイプのなんと2倍以上!
そのほか数々の驚くべき機能を満載して、
クボタからわが国初のデビューです。

この型番に注目です。SPR600です。以前ヤフオクで見た田植機アタッチメントはこれと少し違い、そのために北海道で見た冒頭の写真のブルトラは田植機ではないと思っていたのでした。

僕が北海道で見たブルトラにそっくりです。これはSPR600だったんだなあ・・・
僕が北海道で見たブルトラにそっくりです。これはSPR600だったんだなあ・・・
残念ながら田植機部分が欠品で、そのために色々遠回りしたわけです。
残念ながら田植機部分が欠品で、そのために色々遠回りしたわけです。

改めてヤフオク板ブルトラ+田植機アタッチメントを確認してみましょう

カタログの写真と明らかに違うタイプです。前輪が太くなっているし、トレッドも少し狭いように見え、小回りもこちらのほうができそうです。

最後の写真、後ろの苗のスライダ部分、拡大してみます

不鮮明ですが、他の写真から6条植は間違いなく、SPR6までは間違いないと思います。でそのあとは・・・どう見ても4桁。つまりSPR6000と読めるではないですか!
不鮮明ですが、他の写真から6条植は間違いなく、SPR6までは間違いないと思います。でそのあとは・・・どう見ても4桁。つまりSPR6000と読めるではないですか!

つまり、ブルトラ田植機アタッチメントには
「SPR600とSPR6000が存在した」のではないでしょうか?

農研機構の安全鑑定データベースにはSPR600は載っていませんが、1977年にSPR6000(前述の写真のアタッチメントですね)、さらに1979年にはSPR8000という8条植のブルトラアタッチメントとおぼしき登録があります。
農研機構の安全鑑定データベースにはSPR600は載っていませんが、1977年にSPR6000(前述の写真のアタッチメントですね)、さらに1979年にはSPR8000という8条植のブルトラアタッチメントとおぼしき登録があります。

このSPR600は年代的には歩行田植機のS300と同じころでしょうけど若干古いはずで、ブルトラの生まれた1973年からS300の登録された1976年より前に生まれたと考えられます。

そしてこれが今日見つけた農研機構に登録されている最古のクボタ田植機、S300。1輪タイプのようです。これも「春風」なのかなあ・・・農研機構の登録は1976年となっています。なんと40年前!
これが今日見つけた農研機構に登録されている最古のクボタ田植機S300。1輪タイプのようです。これも「春風」なのかなあ・・・農研機構の登録は1976年となっています。なんと40年前!

これより前ということは画期的だったでしょうね!

ブルトラの頃のカタログと同じ体裁でクボタ乗用田植機、乗用6条植 SPR600とあります。
カタログ表紙に再度登場していただきます。イメージキャラクターは林寛子さん。1973年デビューだそうです。ブルトラと同じ!

同じような時代の田植機の広告を見てみると・・・

中身はよくわからないのですが、広告は見てるととても楽しいです。
1978年機械化農業の広告。ヰセキ田植機は「さなえ」で、イメージキャラクターは桜田順子さん。ウィキペディアによるとデビューは1973年。三菱は「すくすく号」でした。
これなんかもそうです。ヤンマー田植機の広告。一番上の目立つところに若い女性の写真が何の説明もなく・・・浅芽陽子。「なぁ、みんなどう思う。」っていわれてもねえ・・・
同じく1978年機械化農業の広告。ヤンマーのキャラクターは浅茅陽子さん。ウィキペディアによるとデビューは1976年。このころ、若い女性のタレントさんはデビューすると農機具のイメージキャラクターを勤めるのが通過儀礼だったのでしょうか・・・

乗る春風

さらに表紙には「乗る春風」とあります。ブルトラ田植機アタッチメントSPR600は春風ちゃんだったんです。「田植機考古学」的にも興味深い・・・

ただの春風にいろいろ機能がくっついて乗る春風になっちゃったわけです。以前同じようにコメントを貰い、1970年代の地層から発掘した同じような「乗る」タイプの春風。「春風ライダー」なるものもありましたよね?

春風ライダー(型番?はNSR)という田植機があったときいて調べてみると、一番先に見つかったのがこれ。メチャメチャカッコいいじゃないですか!!!何だか複葉機みたい。特に走行時の車輪が航空機っぽい。
春風ライダー(型番?はNSR)という田植機があったときいて調べてみると、一番先に見つかったのがこれ。メチャメチャカッコいいじゃないですか!!!何だか複葉機みたい。特に走行時の車輪が航空機っぽい。NR4というようですが、農研機構の登録に残っていないんです。多分1980年よりは前だと思うんですが・・・

春風の地層は思ったより厚い!

初め「春風」の地層は歩行型しかない薄いものだと僕は考えていたのですが、掘ってみると一輪タイプ、二輪タイプ。そしてライダー登場。さらにはバイクみたいなものに加え、クルマのような本格的な乗用型まで幅広い・・・

何も見えないから掘っているスコップの先に「カチン」と当たるとワクワクするんです。もちろんよく知っている人は知っているわけで、「そんなのあたりまえじゃん」なわけですけど、そこは知らない人だけが楽しめる特権といってもいいのではないでしょうか?
何も見えないから掘っているスコップの先に「カチン」と当たるとワクワクするんです。もちろんよく知っている人は知っているわけで、「そんなのあたりまえじゃん」なわけですけど、そこは知らない人だけが楽しめる特権といってもいいのではないでしょうか?

ライダーにも3輪タイプ、血筋の違う4輪タイプがあり、思ったよりその層は厚いことがわかってきました。(あくまでも当社比。知っている方は初めからその厚さをご存知です)

クボタ田植機の系譜は今ここまで発掘された・・・ということでしょうか。まだまだ出てきそうです。
以前書いた樹形図ですが、まだまだ出てきそうです。追加しなくちゃ。

いや〜時間掛けちゃいました。また明日!

上の記事とゆるく関連しているほかの記事:

“「田植機考古学」クボタの田植機樹形図は思ったよりずっと複雑だった。ブルトラアタッチメントSPR600「昔のカタログ」” への6件の返信

  1. 久保田さん こんばんは
    本当ですか!
    動態とはすごいです
    近くでそれが可能だったら見に行きたいです!

  2. ブルトラの田植え機はいま家にあるよ倉庫に眠ってたからサビもほとんどなくエンジンかかる壊れたところ何もない

  3. H2さん おはようございます

    今までのリソースが活かせず、機械がネックで新しい方法に移行できないというのはあるのでしょうね
    同じようなこと、様々な世界でありそうです
    僕もPCを新しくしたいのですが、ソフトウエアもそれに合わせて新しくせねばならず負担が大きすぎてできませんもの
    小さなところは投資に見合った稼ぎがありません

  4. しかし特化し過ぎて汎用性が無くなると、変化に対応しにくくなるんですよね。稲作経営では生産性向上が課題と思いますが、疎植とか密苗移植とかになってしまう。湛水直播ですらなかなか広がらない。乾田直播をやるには多くの機械が変わるので、取り組みにくい。

  5. H2さん おはようございます

    想像ですが、トラクターを耕耘作業と共用するには、いろいろ付け替える手間とか、田植機としては小型トラクターの馬力すら必要ないとか、もっと軽くする努力とか、いろいろあって専用機になったのかなぁと。

    僕もそう思います
    作るほうも使うほうも突き詰めるのがめんどくさくなっちゃったんですよね
    で、専用機でいいか・・・ってなっちゃった

  6. 常々、乗用田植機はなぜ田植え専用機なのか(最近は後ろを外して水田用管理機になるものもありますが)、という疑問を持っていたんですが、始まりはやはりトラクターからの派生だったんですね。

    想像ですが、トラクターを耕耘作業と共用するには、いろいろ付け替える手間とか、田植機としては小型トラクターの馬力すら必要ないとか、もっと軽くする努力とか、いろいろあって専用機になったのかなぁと。

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