芝浦ガーデントラクタより、機械用減摩油のほうに引っかかってしまった・・・「撮りトラ」

今日は、スガノ農機「土の館」で見た、チェリートラクタのお隣にあったシバウラガーデントラクタ「撮りトラ」です。

シバウラガーデントラクタ  1955年(昭和30) 石川島芝浦機械㈱ 製 (日本) AT-5型 9馬力 空冷エンジン搭載  1955年(昭和30) 本間は芝浦三輪トラクタを使用、のち国産四輪トラクタの発売でいち早く入れ替える。 80万円で購入。水田・酪農に有効に働いた。 25年使用後は、自家保存していた。  同型の全道での導入は92台。
シバウラガーデントラクタ 1955年(昭和30) 石川島芝浦機械㈱ 製 (日本) AT-5型 9馬力 空冷エンジン搭載

昭和30年代の初めころ、大きく大変高価な外国製トラクターの下のラインを狙って、小さな馬力で形も荒々しい国産トラクターがボツボツ生まれたのでしょう。芝浦ガーデントラクタも細かく見ると違うのですが、細くて縦長のお顔と、ひとつ目、それから空冷エンジンと、お隣のチェリートラクタとそっくりです。

チェリートラクタ  1956年(昭和31) ビクターオート㈱製 (日本) CT-101型 10馬力
チェリートラクタ 1956年(昭和31) ビクターオート㈱製 (日本) CT-101型 10馬力
チェリートラクタ  1956年(昭和31) ビクターオート㈱製 (日本) CT-101型 10馬力  1957年(昭和32) 常呂町 長谷川が導入。 9年使用したものを今橋が譲り受け長く使用した。  1953年(昭和28)弘前市の神農工社がトラクタの開発に入り、三輪タイプを商品化している。  同型は4年間に道内に136台導入された。
チェリートラクタ 前の部分がスカスカです。
シバウラガーデントラクタ  1955年(昭和30) 石川島芝浦機械㈱ 製 (日本) AT-5型 9馬力 空冷エンジン搭載
シバウラガーデントラクタ 1955年(昭和30) 石川島芝浦機械㈱ 製 奥にチェリートラクタが見えています。

国産トラクタのチェリートラクタはCT-52CT-101で「CT」がつきます。この芝浦ガーデントラクタはAT-5型で「AT」が付く・・・なんだか名前の付けかたも似ていませんか?

それに、チェリートラクタは3輪タイプの改造型みたいな感じ。芝浦ガーデントラクタは同じく三輪タイプの後にできた四輪タイプらしいのです。

進化の仕方も似ています。ただ、芝浦ガーデントラクタのほうは、前身がリヤエンジンの三輪タイプだったので、四輪タイプの形として新設計されているように見えます。

チェリートラクタの乗用最小構成三輪タイプには芝浦の空冷エンジンが載っていましたし、すごく近しい感じがします。ハンドルが一旦前方に伸びてエンジンの頭をかわし、その後ユニバーサルジョイントかなにかで下に降り、前輪を操舵しているのも同じような構造です。

空冷エンジンから伸びた回転部分が股の下を通ります。そのカバーに「取扱法」

シバウラガーデントラクタ  1955年(昭和30) 石川島芝浦機械㈱ 製 (日本) AT-5型 9馬力 空冷エンジン搭載
空冷エンジンから伸びた回転部分が股の下を通ります。そのカバーに「取扱法」

読めないところもありますが、飛ばして読んでいます。よく見ると今と違って大変興味深い。

取扱法

準備

⑴ 蓄庫室(と書いてあるように思える)にオイル(モビール油冬30番夏40番)を中央及び左右の注油栓から油面孔(青ボルト)まで入れる。時々点検補給100時間で交換。

⑵ 筒(のような漢字)端の操向歯車室にグリース、モビールを混合して水飴程度にして入れる。

⑶ グリースカップにグリースを満す。

⑷ ハンドル、レバー等の回転部に注油する。

始動

⑴  エンヂンのモビールを点検し前後レバー(上のレバー)を中立にし、アクセルレバーを少し押して始動する。

⑵ しばらくの間余り回転を上げずに回す。

⑶ 寒冷時には、高低レバー(下のレバー)を中立にし前後レバーを○○に入れて更にしばらく回す。

運転

⑴  クラッチを踏んでギヤを入れアクセルレバーを少し押して足を静かに離す。最初は低速で運転法に習熟する。

⑵ 急旋回はブレーキを強く踏むと共にハンドルを大きく切る。

⑶ 急停止の際は左右のクラッチ、ブレーキペダルを一斉に踏む。

注意

⑴  車輪巾過度に狭い時は不整地で転倒せぬ様特に注意。

⑵ 車輪巾を余り広くしての高速走行は絶対行わぬこと。

⑶ 悪路では必ず速度を落とすこと。

⑷ 急旋回は高速では絶対行わぬこと。

読んでいて気がつくのは、読者に判断がゆだねられている部分が多いということです。

「アクセルレバーを少し押して始動する。」
「前後レバーを○○に入れて更にしばらく回す。」

「少し」というのはレバーに「少し」目盛は切っていないでしょうから、どのくらいかは本人の判断によりますし、「しばらく回す」の「しばらく」も5分なのか30秒なのかは運転者の判断です。

運転の部分、スタート時のクラッチ操作の説明もなかなか「とにかくやってみろ」的な感じですね。

また、最高なのは注意の部分。

車輪巾過度に狭い時は不整地で転倒せぬ様特に注意。

どの塩梅で転倒するのか、ギリギリまで攻めてしまいそうな書き方です。転倒したら「ほら!言わんこっちゃない」と怒られそうです。

近年は事故のたびに注意書きが増え、取説は厚くなり、「危険ヒト」も生き返る暇がないほど忙しい日常を送っていますが、平ベルト問題もしかりで、昔はホントにおおらかだったんですね・・・

モビール油

そしてもうひとつ・・・モビール油ってなんだ?? モービル石油のオイルのこと? 会社名や商品名が固有名詞になっているような例なのかな・・・と調べてみました。

正確かどうかはわかりませんが・・・

モーター油【モーターゆ】

モビール油,エンジンオイルとも。ガソリンエンジンの内部潤滑に使用する潤滑油。焼玉機関,往復動空気圧縮機などにも使われる。粘度の温度変化が小さいこと,流動点が低いこと,酸化しにくいことなどが必要で,高度に精製した潤滑油留分に酸化防止剤,腐食防止剤,清浄分散剤などを加える。

ですって! 更に調べてみたらこっちが引っかかりました。ウィキペディアによると・・・

モービル天ぷら

モービル天ぷら(モービルてんぷら)は、第二次世界大戦後の沖縄県で食べられた、機械用減摩油(モービル油、モビール油)で揚げた天ぷらのこと。モビール天ぷらともいう。
第2次世界大戦後の沖縄では、天ぷらを揚げる際に食用油の代わりとして機械油が用いられた。火にかけた油は強烈な臭いを放ち黒煙を上げたというが、最高のご馳走であったとされ、人気があった。盆・正月、結婚式などでも食されたという。
この天ぷらを食べた後は、吐き気、腹痛、下痢などの症状が出た。尻からぬるぬると未消化の油が流れ出て服の外にまで浸透したとの複数の証言があり、沖縄の一定の年齢以上の人間であれば、ほとんどが経験したといわれることがある。死者も出ており、極めて危険な食行為である。
石油由来の鉱物油の場合、消化以前に咀嚼や嚥下自体が困難であり、もし無理に飲み込んだ場合、中枢神経や心機能への悪影響が考えられる。

「尻からぬるぬると未消化の油・・・」なんてリアルな記述でしょう! 普通なら油臭くて(というかエンジンオイルくさい)鼻先から口まで持っていくことができないくらいのものだと思います。

それが喜んで食べられるくらいの天ぷらへの想い、そういう厳しい環境下にあったということですもん。

機械用減摩油・・・この言葉、気に入りました。モビール油じゃなくて機械用減摩油ならなんだか胡麻油みたいで食べられそうな感じがします。

脱線していますが続きます。

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