昨晩帰ってきました。断片的な写真と何となく思ったことです。
北海道では忙しいところ無理を言っていつもコメントをいただくOPさんに会うことができました。
短い時間ですが楽しい機械の話をたくさん聞くことができました。しかし、こと農業の将来の話になると「暗い話ばかりなってしまうので、話さないようにしています」と明るくおっしゃっていました。
道々のJAでは「地域掲載を破壊するTPP絶対阻止」みたいな、このあたりの内容より過激気味のスローガンがかならず大きく掲げられていました。そういうことと関係があるのでしょう。
自分の家の周りでも「農業でバンバン稼いで、将来設計ができて・・・」みたいな話は聞かないですし(稼ぐことが明るい話かどうかは置いておきますが、少なくとも明るい方向へつながる傾向はあると思います)、仕事は楽しくやっているけれど、「5年後10年後続いているかどうかはわからない・・・」という様なニュアンスが多いような気がします。
自分も「5年後10年後続いているかどうかはわからない」のは同じなんですけど、先祖から引き継いで守っていくような土地や継承する職業や技術は無いのでずいぶん違うと思います。
あまり先行き明るくないゾという気持をもたらす、かかったコスト+手間・・・という価格ではなく、相手の売りたい値段に合わせている価格決定の仕組みや、そいつに引き起される問題点などをもやもやと考えていたら、タイミングよく愛読者さんにコメントを貰いました。
今僕が何となく感じていることをとても良く説明していると思うので、ここに引用します。
純粋な消費者っていう立場のヒトは居ないので、他面では生産者だったりサービス提供者だったりする訳です。
下流からモノの値段が決まる現代、「とにかく安価なモノを求める消費者」という立場で、生産者だったり、サービス提供者だったりという立場の自分自身の首を、ゆっくりと真綿で絞めているんだと思います。
すごくスッキリとわかりやすく「どうしてこうなった」「そしてどうなる」ということを説明していると思います。
「流通というものが価格決定権を握っているのも問題なのでは?」なんて話にもなりましたが、売り先のを握られちゃってるというのも痛いです。やっぱりその過程をよく知っているものでなければ「安ければ安い程良い」ということになってしまいます。そしてそれでは愛読者さんのいうように「生産者だったり、サービス提供者だったりという立場の自分自身の首を、ゆっくりと真綿で絞めていく」ことになっていくのだなあ・・・と、どよーんとしました。
やっぱりよくよく子供たちや、消費者であるお母さんたちに地産地消を説いて、余裕のない世の中ですから難しいことですが、全部が全部無理して地元産、だの、日本産を選ぶのは難しくても、外国の人より先に日本の人が参ってしまわないよう、何かを買う時もちょっとだけ作った人に思いを馳せてもらえるよう・・・
簡単にいえば「自分の得はヒトの損」ということを知ってもらうことが大事だなあ・・・と思いました。
愛読者さん おはようございます
割とどころか、ものすごく幸せなのかもしれませんね・・・
それでもって、みんながそうならもっと幸せかも・・・
価格破壊の影響がぐるっと回って雇用や家計にまで行き届いてしまい、「毎日の仕事があるだけマシ」っていう環境で生きていかなきゃいけない訳ですから、「良いモノにキチンとお金を払える」生活って、割と幸せな暮らしなんですよねぇ。。。
後半の稲刈りに向けて、畦草刈りを開始しました。
愛読者さん おはようございます
確かにそちらのほうがより言い当たっているかもしれません
消費者は価格調整機能を持つほど商品知識がないですし・・・
国際的な流通の中でたとえゼロサムゲームを仕掛けるものがいたとしても、隙間がたくさんできて選択肢がたくさん残るよう、消費者も値段だけでなく判断できるよう賢くならないとダメだよなあと思います
拙文に深いご理解をいただき、ありがとうございます。
「流通というものが価格決定権を握っている」というのは少し、私のイメージとは違っていて、「流通が価格調整機能を担ってくれている」という感じかな。
需給と相場で値段が決まるのは当然だし、国際的な物流も発達している訳ですから、「競う相手が海外」っていうのもやむを得ないのかなぁ・・・と思っています。
ただ、「流通」・「小売」も企業単位で見ると激しい競争に晒されている訳ですから、当然に「スキマ」が生まれ易く、そこを狙って生き残ろうとする動きが「地産地消」「直売」「六次産業」などという形で現れているんだと思います。
大規模化・効率化を推し進める者もいれば、わずかなスキマに体を押し込む者もいて、淘汰の末に生き残った者が次代を担う訳です。
とりあえず自分が生き残る算段をしなくちゃいけませんけど。
「半農半X」っていう生き方が提唱されてますが、中山間地でお米を作る場合、半分も農業をやってしまったら家族を養えませんので、私は「週休5日農業(週2日だけ農業従事し、残りの5日は農業をお休みして生活費をキッチリ稼ぐこと)」を推奨しています。
生活が懸かっていなくて、「巧くやれば小遣いくらい稼げるかも?」っていう農業の楽しさをイメージしてみてください(笑)