今日はOさんとMさんに誘われて行った春の農業機械&生産資材展示会「スプリングフェア2018」で見た、クボタとボンカレーの大塚食品のコラボレーションで作られた、カレー色のクボタ田植機。ボンカレー50周年記念号です。
ボンカレー!おいしいお米で。という旗がはためいています。非売品で展示のみの機体はカレー色というよりはカレーに入っている人参の色のように見えました。
↑カレー色というよりボンカレー色なのか??? 画像をクリックするとアマゾンに行っちゃうのでクリックしないでください。
施肥機のケースにも同じロゴ。レトルトカレーと田植機???と思いましたが、よく考えればそれほどヘンな取り合わせではありません。カレーとお米は切っても切り離せないですからね。
クボタのニュースリリースによれば、ボンカレーが発売50周年、そしてクボタの田植機も50周年ということもあってのコラボレーションだったんですね。僕が展示会で見た50周年記念号は非売品でも、それ以外に田植機50年記念号として特別仕様とお買い求め頂きやすい価格設定で4種類の田植機を発売するそうです。
ボンカレー誕生50年コラボキャンペーンの概要によれば・・・
日本国内のコメの需要量減少は深刻化しています。このような状況の中、「クボタと大塚食品は日本農業の未来を応援します」をキャッチフレーズに、具材の野菜は国産にこだわったボンカレーとコメの生産を行うクボタ田植機がコラボレーションすることで日本の農畜産物の生産・消費拡大を応援します。
また、コラボレーション記念企画として、ボンカレーのパッケージカラーをイメージした特別カラーラッピングの「コラボレーション記念スペシャル田植機(非売品)」をクボタグループの展示会等で展示します。大塚食品の「ボンカレー50」とともにディスプレイするなどし、コメの生産・消費拡大をアピールしてまいります。
僕もお米たべてー!TEAMで「もっとご飯を食べようよ」と訴えたわけですけど、世界を相手にしているクボタという会社でも日本のなかの米離れが気になっているんですね。もっとやれやれ!!
このニュースリリースの田植機はかなりカレー色なのになあ・・・僕が実機を見た時は天気が良くてコントラストが高かったためにオレンジ色に見えたのか、敷いてある絨毯が赤過ぎたのか・・・
田植機は世に出てから50年になるんですねえ・・・プレスリリースもpdfで配布されています。50周年記念号はこの4種のようです。
田植機考古学から・・・。クボタの田植機、SPS-4000です。金属製と思われる美しいフロート2つの中心から、丸くて太いパイプが伸びていて、今の田植機とはずいぶん形が違います。ちょっとトラクターと作りが似ています。このSPS-4000、農研機構のサイトにも出てこないし、銀と赤のカラーリングはごくごく初期の田植機に見られるものなので、1970年代初期のものと思われます。超初期のものではないですが、それこそ50年近く前のものと思われます。
他にこのようなことをした例があるかどうが僕はわかりませんが、直接的に田植機の販売につながらないと思われるキャンペーンを打つこと、すごく新しいなあ・・・と思いました。すごく大人で成熟したイメージです。関係者はレトルトカレーですけど、余裕や文化の香り。


色はどうやって付けてるのか?とよく見たのですが塗ったか、材料そのものの色か・・・多分塗ったのでしょうね。
大塚食品のほうでも50周年サイトができていました。ポンとサイトを出して終わりではなく、段階的に話題を提供していっているみたいです。
ボンカレーの歴史なんていうコンテンツもありました。
その中にちょっとおもしろい記述を見つけました。
マニア垂涎の的になったホーロー看板
そこで、販売店を相手に試食会を実施して直接ボンカレーを食べていただき、お店に置いてもらうように盛んに働きかけ、20人ほどいた営業マンがライトバンや自転車で朝から晩まで50軒、60軒の小売店を回りました。さらに、宣伝用に女優の松山容子さんがボンカレーをもったホーロー看板を製作し、1日15枚のノルマで営業に成功した店に貼っていったのです。なんとホーロー看板は全国で9万5千枚も取り付けられました。そうした営業マンの努力の甲斐もあり、ボンカレーは次第に売上を伸ばし、1973年には年間販売数量1億食を達成したのです。
ボンカレーのホーロー看板、商品を置いた商店、つまり特約店?とか代理店の証だったとは・・・そしてそれが9万5千もあったとは・・・15枚/日・・・一人でやったら17年強、100人でやれば2ヶ月くらい。
ボンカレー。もう何年も食べてない気がするけど、災害などがあった時は絶対食べるし、なくなっては困るのでキャンプのときには必ず食べることにしよう。


今日はこれでおしまい。またあした!上の記事とゆるく関連しているほかの記事: