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明治150年記念、日本を変えた千の技術博

光や音で伝える、コミュニケーションを変える技術その2「日本を変えた千の技術博@国立科学博物館」

休みの日は見に来る人も少ないので今日は趣向を変えて・・・国立科学博物館で開催されていた、明治150年記念、日本を変えた千の技術博という特別展で見たものいろいろ・・・その26です。

 

こんな展示です。WEBページによれば・・・ 明治改元から150年、そして2019年に予定される改元。 時代が転換するこの機会にあわせて日本を大きく変えていった科学・技術の成果が一堂に集まります。 日本各地の大学・研究機関や企業などから、 600を超える点数の貴重な科学・技術の遺産が上野の国立科学博物館に大集合! 科学者・技術者の発明・発見にまつわるエピソードや世相、関連する写真などを合わせ、 "日本を変えた千の技術"をたっぷりと紹介していきます。 中でも、「重要文化財」や、「化学遺産」、「機械遺産」、「情報処理技術遺産」、 「でんきの礎」、 「未来技術遺産」に認定された約50点の資料は特に注目です! だそうです。 開館時間 : 午前9時~午後5時 (金曜日、土曜日は午後8時まで、入館は各閉館時間の30分前まで) 休館日 : 毎週月曜日(2月25日は開館、2月12日はお休み)

こんな展示です。WEBページによれば・・・

明治改元から150年、そして2019年に予定される改元。
時代が転換するこの機会にあわせて日本を大きく変えていった科学・技術の成果が一堂に集まります。
日本各地の大学・研究機関や企業などから、
600を超える点数の貴重な科学・技術の遺産が上野の国立科学博物館に大集合!
科学者・技術者の発明・発見にまつわるエピソードや世相、関連する写真などを合わせ、
“日本を変えた千の技術”をたっぷりと紹介していきます。
中でも、「重要文化財」や、「化学遺産」、「機械遺産」、「情報処理技術遺産」、
「でんきの礎」、 「未来技術遺産」に認定された約50点の資料は特に注目です!

もう終っちゃいましたけどね。

 

光や音で伝える技術、だんだん現代に近くなっていきます。上は「ウォークマン」一号機TPS-L2 1979年 世界初の携帯型ステレオカセットプレーヤー。 音楽を個人で、どこでも楽しむことが可能となり、リスニングの携帯を変え、一つの文化を生み出した。 下、トランジスタラジオ TR55 1955(昭和30)年 東京通信工業 日本初のトランジスタラジオ。普及版のラジオにする ため、日本発の高周波トランジスタを開発し、使用している。 とあります。

光や音で伝える技術、だんだん現代に近くなっていきます。
上は「ウォークマン」一号機TPS-L2 1979年
世界初の携帯型ステレオカセットプレーヤー。
音楽を個人で、どこでも楽しむことが可能となり、リスニングの携帯を変え、一つの文化を生み出した。
下、トランジスタラジオ TR55 1955(昭和30)年 東京通信工業
日本初のトランジスタラジオ。普及版のラジオにする
ため、日本発の高周波トランジスタを開発し、使用している。
とあります。

 

ちょっと行くとつい最近まであったような機械・・・

ちょっと行くとつい最近まであったような機械・・・

 

PCM-1 PCMオーディオプロセッサー 1977(昭和52)年 デジタルで信号をビデオデッキで録音再生することを可能にした世界初の民生用オーディオPCMプロセッサー。 これは今見ませんねぇ・・・(あるけど身近にないだけかもしれませんが・・・)

PCM-1
PCMオーディオプロセッサー 1977(昭和52)年
デジタルで信号をビデオデッキで録音再生することを可能にした世界初の民生用オーディオPCMプロセッサー。
これは今見ませんねぇ・・・(あるけど身近にないだけかもしれませんが・・・)

 

CDプレーヤー CDP-101 ソニー製 1982(昭和57)年 世界初のコンパクトディスクプレーヤー。世界初のCDプレーヤーはソニー、日立製作所、日本コロンビアから同時発売された。

CDプレーヤー CDP-101
ソニー製 1982(昭和57)年
世界初のコンパクトディスクプレーヤー。世界初のCDプレーヤーはソニー、日立製作所、日本コロンビアから同時発売された。

 

時代は戻ってFAXや光電管関係・・・音を伝えるオーディオから光や絵を伝えるフェーズのようです。

時代は戻ってFAXや光電管関係・・・音を伝えるオーディオから光や絵を伝えるフェーズのようです。

 

左;エピソード 伝書鳩か、鉃道か、自動車か  いかに速く者sんを送るか。昭和天皇の即位の大典が1928(昭和3)年に行なわれることとなり、新聞各社はその様子をできるだけ速く伝えるため、それまでの伝書鳩などに運ばせる方法に代わり、新しい技術を競って採用した。このときフランス製の装置に替わって日本電気(NEC)の小林正次と丹羽保次郎が開発したNE式写真電送装置が活躍し、日本の技術が外国と渡り合えることを示した。 右のパネル 絵を送る工夫とファクシミリ 1843年にイギリスのアレクサンダー・ベインが電信を応用して絵を送る装置を発明した。その後欧米各国で開発が進み、1867(慶応3)年のパリ万国博覧会に参加した徳川昭武一行は、それらの機械を見学している。明治初期の工部大学校でもアーリンコート生写真電信機が授業で使われていたようだが、これら機械的な装置はその後発展しなかった。実用的な装置が誕生するのは真空管によって光を電気信号として取扱えるようになってからである。

左;エピソード
伝書鳩か、鉃道か、自動車か
 いかに速く者sんを送るか。昭和天皇の即位の大典が1928(昭和3)年に行なわれることとなり、新聞各社はその様子をできるだけ速く伝えるため、それまでの伝書鳩などに運ばせる方法に代わり、新しい技術を競って採用した。このときフランス製の装置に替わって日本電気(NEC)の小林正次と丹羽保次郎が開発したNE式写真電送装置が活躍し、日本の技術が外国と渡り合えることを示した。

右のパネル
絵を送る工夫とファクシミリ
1843年にイギリスのアレクサンダー・ベインが電信を応用して絵を送る装置を発明した。その後欧米各国で開発が進み、1867(慶応3)年のパリ万国博覧会に参加した徳川昭武一行は、それらの機械を見学している。明治初期の工部大学校でもアーリンコート生写真電信機が授業で使われていたようだが、これら機械的な装置はその後発展しなかった。実用的な装置が誕生するのは真空管によって光を電気信号として取扱えるようになってからである。

 

う〜ん・・・伝書鳩という仕事があったということですよね? そして写真を電送することができるようになり、結構稼いでいたろうに、その仕事はほぼ消滅した・・・気がつかないだけで、技術の発達により職を失う人は昔も今も、そしてこれからも生まれるということなんだなぁ・・・

 

NE式写真電送装置(送信機)日本電気製 1926(昭和3)年 丹波保次郎らが初めて電送実験に成功した時の装置。

NE式写真電送装置(送信機)日本電気製 1926(昭和3)年
丹波保次郎らが初めて電送実験に成功した時の装置。

 

東京から大阪へ送られた電送写真 1928(昭和3)年 11月6日に皇居より東京駅に向かわれる両陛下。(大阪毎日新聞11月6日号外に掲載) その日に印刷までされて配られたということですよね!

東京から大阪へ送られた電送写真
1928(昭和3)年 11月6日に皇居より東京駅に向かわれる両陛下。(大阪毎日新聞11月6日号外に掲載)
その日に印刷までされて配られたということですよね!

 

アーリンコート生写真電信機 プレゲ社製(フランス)1872(明治5)年頃 日本に現存する最古のファクシミリ装置。1977(明治10)年に三条太政大臣が工部大学校を巡覧した際、エアトン(William E.Ayrton)が本機を実演している。

アーリンコート生写真電信機
プレゲ社製(フランス)1872(明治5)年頃
日本に現存する最古のファクシミリ装置。1977(明治10)年に三条太政大臣が工部大学校を巡覧した際、エアトン(William E.Ayrton)が本機を実演している。

 

機械部分を大きく撮ったら何かわかるかと思たのですが、さっぱりわかりません。そもそもこれがファックスだなんて想像もつきません。

機械部分を大きく撮ったら何かわかるかと思たのですが、さっぱりわかりません。そもそもこれがファックスだなんて想像もつきません。

 

その隣、ファックスから離れて、大きなタマが高柳式テレビジョン装置の光電管。1920(大正9)年頃 その下の小さなタマは ファクシミリとテレビの開発に道を開いた光電管 1935(昭和10)年代の銀セシウム光電管。光電管は、ガラス管中に陽極と陰極を封じ込んだ一種の二極管で、陰極に光があたると光電子を放出する。1930(昭和5)年頃、浅尾荘一郎らは、高感度銀セシウム光電管の開発に成功。これによって、初期のテレビジョンの研究が進んだ。 とあります。

その隣、ファックスから離れて、大きなタマが高柳式テレビジョン装置の光電管。1920(大正9)年頃
その下の小さなタマは
ファクシミリとテレビの開発に道を開いた光電管
1935(昭和10)年代の銀セシウム光電管。光電管は、ガラス管中に陽極と陰極を封じ込んだ一種の二極管で、陰極に光があたると光電子を放出する。1930(昭和5)年頃、浅尾荘一郎らは、高感度銀セシウム光電管の開発に成功。これによって、初期のテレビジョンの研究が進んだ。
とあります。

 

その結果できたのがテレビなわけですが、ビックリしたのがこのテレビ。 ソニー ポータブルテレビ TV8-301 1960(昭和35)年 世界初の直視型ポータブルトランジスタテレビ とあります。今から60年近く前にこんなコンパクトでカッコイイテレビがあったなんて・・・ちょっとビックリしてしまいました。

その結果できたのがテレビなわけですが、ビックリしたのがこのテレビ。
ソニー ポータブルテレビ TV8-301 1960(昭和35)年
世界初の直視型ポータブルトランジスタテレビ
とあります。今から60年近く前にこんなコンパクトでカッコイイテレビがあったなんて・・・ちょっとビックリしてしまいました。

 

技術の進歩を目に見える形で並べられ、感心したり驚いたりしているわけですが、伝書鳩の衝撃が忘れられません。

 

最先端はやがて普遍化陳腐化するという事実を改めて見せられいるわけですから・・・となると、これからもなくならない商売は食料を作る仕事・・・ということになりますよねぇ・・・やっぱり。

 

今日はこんなところです。また明日!

光や音で伝える、コミュニケーションを変える技術「日本を変えた千の技術博@国立科学博物館」

休みの日は見に来る人も少ないので今日は趣向を変えて・・・国立科学博物館で開催されていた、明治150年記念、日本を変えた千の技術博という特別展で見たものいろいろ・・・その25です。

 

こんな展示です。WEBページによれば・・・ 明治改元から150年、そして2019年に予定される改元。 時代が転換するこの機会にあわせて日本を大きく変えていった科学・技術の成果が一堂に集まります。 日本各地の大学・研究機関や企業などから、 600を超える点数の貴重な科学・技術の遺産が上野の国立科学博物館に大集合! 科学者・技術者の発明・発見にまつわるエピソードや世相、関連する写真などを合わせ、 "日本を変えた千の技術"をたっぷりと紹介していきます。 中でも、「重要文化財」や、「化学遺産」、「機械遺産」、「情報処理技術遺産」、 「でんきの礎」、 「未来技術遺産」に認定された約50点の資料は特に注目です! だそうです。 開館時間 : 午前9時~午後5時 (金曜日、土曜日は午後8時まで、入館は各閉館時間の30分前まで) 休館日 : 毎週月曜日(2月25日は開館、2月12日はお休み)

こんな展示です。WEBページによれば・・・

明治改元から150年、そして2019年に予定される改元。
時代が転換するこの機会にあわせて日本を大きく変えていった科学・技術の成果が一堂に集まります。
日本各地の大学・研究機関や企業などから、
600を超える点数の貴重な科学・技術の遺産が上野の国立科学博物館に大集合!
科学者・技術者の発明・発見にまつわるエピソードや世相、関連する写真などを合わせ、
“日本を変えた千の技術”をたっぷりと紹介していきます。
中でも、「重要文化財」や、「化学遺産」、「機械遺産」、「情報処理技術遺産」、
「でんきの礎」、 「未来技術遺産」に認定された約50点の資料は特に注目です!

もう終っちゃいましたけどね。

 

ワイヤレステレホン 1970年に開催された日本万国博覧会(大阪)の電気通信館で公開されたコードレス電話。会場外にも電話をかけることができ、見学者に未来の電話を強く印象づけた。

ワイヤレステレホン
1970年に開催された日本万国博覧会(大阪)の電気通信館で公開されたコードレス電話。会場外にも電話をかけることができ、見学者に未来の電話を強く印象づけた。

 

人工衛星に搭載できるほど小型化した電子管 テレビ中継や通信に欠かせない高周波の信号を増幅 マイクロ波4GHZ帯用進行波管4W75A 世界初のPPM技術による進行波管。 1951年に日本電信電話公社電気通信研究所の関杜夫らが発明したPPM技術は、進行波管を大幅に小型・軽量化し、人工衛星搭載への道を開いた。その技術を初めて適用して1955年に開発されたのが、4W75Aである 上のワイヤレステレホンも、この進行波管(具体的にはどんなものかよく知りませんが)もコミュニケーションはこういった小型化技術の進歩によって密になっていったようです。

人工衛星に搭載できるほど小型化した電子管
テレビ中継や通信に欠かせない高周波の信号を増幅
マイクロ波4GHZ帯用進行波管4W75A
世界初のPPM技術による進行波管。
1951年に日本電信電話公社電気通信研究所の関杜夫らが発明したPPM技術は、進行波管を大幅に小型・軽量化し、人工衛星搭載への道を開いた。その技術を初めて適用して1955年に開発されたのが、4W75Aである

上のワイヤレステレホンも、この進行波管(具体的にはどんなものかよく知りませんが)もコミュニケーションはこういった小型化技術の進歩によって密になっていったようです。

 

エジソンホームキネトスコープ 1912(大正元)年に発売された家庭用映写機。1914(大正3)年頃には、日本にも輸入された。

エジソンホームキネトスコープ
1912(大正元)年に発売された家庭用映写機。1914(大正3)年頃には、日本にも輸入された。

 

明治時代 幻灯器と投影用スライド

明治時代 幻灯器と投影用スライド

 

映し出す ランプやロウソクとレンズを使い、絵を映し出す装置「マジックランタン」は、17世紀にはヨーロッパで使用されている。日本でも江戸時代には知られていて、見世物として使われている。明治時代には教育用機器としても活用された。絵のスライドを多数用意し、すばやく動かせば映写機となる。 とパネルにあります。小型化によってこのような機器がパブリックなものからパーソナルなものになる・・・それによってコミュニケーション

映し出す
ランプやロウソクとレンズを使い、絵を映し出す装置「マジックランタン」は、17世紀にはヨーロッパで使用されている。日本でも江戸時代には知られていて、見世物として使われている。明治時代には教育用機器としても活用された。絵のスライドを多数用意し、すばやく動かせば映写機となる。

とパネルにあります。小型化によってこのような機器がパブリックなものからパーソナルなものになる・・・まだまだ気軽に動画をやりとりできるような機械ではないですけど、これらがどんどん進化して今に至るわけですよね。

 

 

光で視る お次は光学機器です。

光で視る
お次は光学機器です。

 

CF式光学系研究生用生物顕微鏡「バイオフォト」 世界で初めてCF方式を採用した顕微鏡。対物レンズ及び接眼レンズの色収差をそれぞれ単独で補正するもので、画期的な技術革新として、顕微鏡の技術が飛躍的に向上した。 とあります。CFとは「Chromatic Aberration Free」の略らしく、方式というより、色収差がないよ・・・と結果を表しています。

CF式光学系研究用生物顕微鏡「バイオフォト」
世界で初めてCF方式を採用した顕微鏡。対物レンズ及び接眼レンズの色収差をそれぞれ単独で補正するもので、画期的な技術革新として、顕微鏡の技術が飛躍的に向上した。

とあります。CFとは「Chromatic Aberration Free」の略らしく、方式というより、色収差がないよ・・・と結果を表しています。

 

ニコンF3 NASA Big NASA(アメリカ航空宇宙局)の依頼で、スペースシャトル搭載用に開発されたモデル。まだ開発中だった「ニコンF3」をベースに考案され、長尺フィルム用のマガジンを装備して、250枚の写真が撮影できる。 F3、丈夫そうですね・・・武器に使えそうです。1980年のものらしいですが、250枚しか撮影できないとは、今から考えると隔世の感があります。今なら小さなカードに万枚入りますものねぇ・・・

ニコンF3 NASA Big
NASA(アメリカ航空宇宙局)の依頼で、スペースシャトル搭載用に開発されたモデル。まだ開発中だった「ニコンF3」をベースに考案され、長尺フィルム用のマガジンを装備して、250枚の写真が撮影できる。

F3、丈夫そうですね・・・武器に使えそうです。1980年のものらしいですが、250枚しか撮影できないとは、今から考えると隔世の感があります。今なら小さなカードに万枚入りますものねぇ・・・

 

光で視る 顕微鏡や望遠鏡は、江戸時代にすでに国内で製作されている。これらが産業として興るのは明治時代以降である。しかし当時は欧米との技術の差が大きく、精度の高いレンズを製作するのは困難であった。昭和初期でも、外国の技術を模倣する段階であった。戦後は一から復興して、1950年代には世界でも認められるレベルとなった。カメラやレンズの技術は、現代のデジタルカメラとして発展しただけでなく、半導体産業を支えるなど、社会の基盤技術となっている。

光で視る
顕微鏡や望遠鏡は、江戸時代にすでに国内で製作されている。これらが産業として興るのは明治時代以降である。しかし当時は欧米との技術の差が大きく、精度の高いレンズを製作するのは困難であった。昭和初期でも、外国の技術を模倣する段階であった。戦後は一から復興して、1950年代には世界でも認められるレベルとなった。カメラやレンズの技術は、現代のデジタルカメラとして発展しただけでなく、半導体産業を支えるなど、社会の基盤技術となっている。

 

声を飛ばし、光で視て、レンズで映し出し、今度は「音を残す、伝える」です。

声を飛ばし、光で視て、レンズで映し出し、今度は「音を残す、伝える」です。

 

SONI-TAPE 1950(昭和25)年発売開始 初期のテープレコーダー用の磁気テープ製品

SONI-TAPE
1950(昭和25)年発売開始
初期のテープレコーダー用の磁気テープ製品

 

日本最初期の肩掛型テープ録音機 PT1(M-1)型 放送局で愛用された肩掛け式のテープレコーダー。デンスケの愛称の始まり。 「日本最初期」最初の頃と言いたいのでしょうが、おもしろい言葉をつくり出しています。

日本最初期の肩掛型テープ録音機 PT1(M-1)型
放送局で愛用された肩掛け式のテープレコーダー。デンスケの愛称の始まり。
「日本最初期」最初の頃と言いたいのでしょうが、おもしろい言葉をつくり出しています。

 

テープレコーダーG型 1950(昭和25)年 創業から数年、東京通信工業が本格的に民生用の分野に進出するきっかけとなった製品。しかし当初は、16万円という高額であったため、一般消費者には手が出なかった。

テープレコーダーG型
1950(昭和25)年
創業から数年、東京通信工業が本格的に民生用の分野に進出するきっかけとなった製品。しかし当初は、16万円という高額であったため、一般消費者には手が出なかった。

 

愛称なのでしょうか?Clear Voiceと書いてあります。

愛称なのでしょうか?Clear Voiceと書いてあります。

 

録音・録画が文化を伝える 蓄音機の発明によって、音が記録され、遠く離れた場所や次世代に伝わるようになった。テープレコーダーの発明はそれを手軽なものにし、トランジスタが発明されて小型化されると、それを個人でどこでも楽しめるようになった。さらにデジタル技術によって、オリジナルと複製の差がなくなり、半永久的に同じ情報を保存することができるようになった。

録音・録画が文化を伝える
蓄音機の発明によって、音が記録され、遠く離れた場所や次世代に伝わるようになった。テープレコーダーの発明はそれを手軽なものにし、トランジスタが発明されて小型化されると、それを個人でどこでも楽しめるようになった。さらにデジタル技術によって、オリジナルと複製の差がなくなり、半永久的に同じ情報を保存することができるようになった。

 

「デジタル技術によって、オリジナルと複製の差がなくなり、半永久的に同じ情報を保存することができるようになった。」確かにそうかもしれません。今まで脳にしまっておいた情報をどこか別の(記録媒体はさまざまですが)ところに保存して、その分、人の脳は空っぽになってしまったかもしれませんね。

 

情報は活用しないと意味がありませんから、その活用に人のほうが進化しないとイケないのですが、その進化をしたかどうか自信がありません。

 

今日はこんなところです。また明日!

 

 

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