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いつの間にかお堀の桜が満開でした

やっと梅が咲いたと思ったら、いつの間にか弘道館鹿島神社やお城のお堀の桜が満開でした。

水戸市、お堀(空掘)の桜。この時だけ曇り・・・残念

水戸市、お堀(空掘)の桜。この時だけ曇り・・・残念

昔は水戸城があって、後に県庁ができて、今は水戸市役所(仮)・・・このあたりの見晴らしのいい特等地だったんでしょうね。

水戸市、お堀(空掘)の桜。

毎年通り過ぎる時に「あっ!桜」って思うんですけど・・・

水戸市、お堀(空掘)の桜。

いつもカメラを持っていないんです。

水戸市、お堀(空掘)の桜。

この時はなぜかカメラを持っていたので

水戸市、お堀(空掘)の桜。

初めて写真を撮ってみました。

水戸市、お堀(空掘)の桜。

でももう散り始めています。

お堀を越えると茨城県旧県庁舎(新しいのは近代的になって高くなって遠くへ行ってしまいました)

茨城旧県庁舎があります。結構カッコイイ。増築されて4階になっていた部分が、震災で壊れ、耐震補強のついでに1930(昭和5)年の建築当初の姿にもどしたそうです。こっちのほうがスッキリしています。

茨城旧県庁舎があります。結構カッコイイ。増築されて4階になっていた部分が、震災で壊れ、耐震補強のついでに1930(昭和5)年の建築当初の姿にもどしたそうです。こっちのほうがスッキリしています。

ファサードの上、大きなモニュメントを拡大すると・・・旧茨城県のマーク

ファサードの上、大きなモニュメントを拡大すると・・・旧茨城県のマーク

1966年から1991年までの茨城県旗(ウィキペディアより)

1966年から1991年までの茨城県旗(ウィキペディアより)

あれ?待てよ? このマークが1966年からということは、このヘッドマーク?は、1930年、完成当時はなかったということなのかしら・・・ でも微妙に違うような気がするし・・・こっちが先で、1966年のマークはこれからできた???・・・謎です。

追記:ウィキペディアによると

旧県章は片仮名の「イハラキ」(旧仮名遣いのため「バ」の濁点は含まない)を円形に配置してバラの花を図案化したもので、1911年(明治44年)に県が実施した公募において水戸市の旧制中学在校生であった西村四郎のデザイン案を採用したものである[2]。以後も長らく慣例的に用いられていたが、1966年に山崎猛のデザイン補正を経て同年の県告示第1232号で正式に県旗・県章とされ、1991年の現県旗・県章制定まで使用された。県旗の基調色を青とする点は現在の県旗と同じである。

とあるので、1930年完成当時は西村四郎さんのデザイン。それを山崎猛さんが直したのが↓下の旗。微妙に違うのは山崎さんが直したからだったんですね!

ちなみに現在の茨城県旗(ウィキペディアより)

ちなみに現在の茨城県旗(ウィキペディアより)

茨城県旧県庁舎の桜・・・ズンズン奥へ入っていきます

茨城県旧県庁舎の桜・・・ズンズン奥へ入っていきます

旧県庁の桜

見えにくいかもしれませんが、旧県庁のレンガの壁を横切って、ひらひら桜が散っています。

茨城旧県庁舎の桜 

裏手に回ると、こっちが表でもいいじゃん! というような面構え。こちらは弘道館鹿島神社の境内に(たぶん)あたります。こちらも桜が満開!

弘道館鹿島神社の桜

弘道館鹿島神社の桜 ちょうどお昼時。お弁当を広げる前に何となく花見といった感じです。さすがにこの状態でスマホに見入っている人はいません。

弘道館鹿島神社の桜 ちょうどお昼時。お弁当を広げる前に何となく花見といった感じです。さすがにこの状態でスマホに見入っている人はいません。

弘道館鹿島神社の桜

見上げると青い空と桜です。

弘道館鹿島神社の桜 まわりは結構車が走り回っていて、ガチャガチャしていると思いますが、ここに居る人たちの時間はちょっとゆっくり。

まわりは結構車が走り回っていて、ガチャガチャしていると思いますが、ここに居る人たちの時間はちょっとゆっくり。

弘道館鹿島神社の桜

緑と花と空の青と・・・そして春というにはちょっと強い日差し・・・コントラスト強いっす。

弘道館鹿島神社の桜

こうやって見ると旧県庁舎も図書館も、巨大な庭に間借りしてるように見えます。

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