SHIMAgazine(シマガジン)26号!27号!

今年度はずーっと滞っていた、あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」26号と27号ができました。今回は2号同時に配布です。

SHIMAgazine(シマガジン)26号

26号  「止めちゃったのか?」とか「最近出てないね」という声に心苦しくも諸般の事情でやむなく止まっていた「記録のほうの時間」が動き出しました。
26号  「止めちゃったのか?」とか「最近出てないね」という声に心苦しくも諸般の事情でやむなく止まっていた「記録のほうの時間」が動き出しました。
26号 1年近く前の出来事になるので記憶もあやふや
26号 1年近く前の出来事になるので記憶もあやふや。
26号 最近は小学校に行く回数も少なくなって学校関係の記事は少ないです
26号 最近は小学校に行く回数も少なくなって学校関係の記事は少ないです。
26号 飛行機が飛んでますが、これ、茨城空港に降りる旅客機です。作業している頭の上を飛んでいきます。
26号 飛行機が飛んでますが、これ、茨城空港に降りる旅客機です。作業している頭の上を飛んでいきます。
26号 毎度毎度写真の上がりが悪くてすごく不満です。
26号 毎度毎度写真の上がりが悪くてすごく不満です。
26号 時期はちょうど今頃ですか・・・冬の日差しの写真ってデジタルのせいなのか、メーカー独特のものなのか、どうも赤っぽく映りすぎて気に入りません。そういえば稲刈りの写真もうまくいかないんだよなあ・・・
26号 時期はちょうど今頃ですか・・・冬の日差しの写真ってデジタルのせいなのか、メーカー独特のものなのか、どうも赤っぽく映りすぎて気に入りません。そういえば稲刈りの写真もうまくいかないんだよなあ・・・

SHIMAgazine(シマガジン)27号

27号になってそば打ちの話・・・今年初めのことなんで、少し追いついてきました。
27号になってそば打ちの話・・・今年初めのことなんで、少し追いついてきました。
そば打ちは2012年の写真と比較しています。4年?5年?経っていますから、当時に比べ子供たちもずいぶん大きくなりました。
活動体の意見交換や、地域住民との交流を目指すそば打ちも結構続いています。
そば打ちは2012年の写真と比較しています。4年?5年?経っていますから、当時に比べ子供たちもずいぶん大きくなりました。
そば打ちは2012年の写真と比較しています。4年?5年?経っていますから、当時に比べ子供たちもずいぶん大きくなりました。できあがった蕎麦もまあまあなレベルになってきています。
あとは3月の総会や、同じく3月におこなわれた、高校生が主催する小さな子供たちと遊ぶイベントのリポート。
あとは3月の総会や、同じく3月におこなわれた、高校生が主催する小さな子供たちと遊ぶイベントのリポート。
あとは同じころに見に行った、水戸芸術館で行われた建築家の藤森照信展で展示する、徳川斉昭公が作らせたという「戦車」にヒントを得た茶室「せん茶」の製作のようすなんかも・・・
あとは同じころに見に行った、水戸芸術館で行われた建築家の藤森照信展で展示する、徳川斉昭公が作らせたという「戦車」にヒントを得た茶室「せん茶」の製作のようすなんかも・・・

こんなところでしょうか・・・・

島地区の活動が始まったのが2009年からだったか、2010年からだったか忘れてしまいましたが、今となっては膨大な写真のアーカイブがあります。(ちゃんと整理して取り出せるようになっているわけではないのでアーカイブとはいわないか・・・)

ずっと変わらないようにみえる島地区も、それだけの時間差があるとさすがに違って見えてきます。

これからはそんな視点をもって写真撮るのも面白いかな・・・なんて思うのでした。

SHIMAgazine(シマガジン)25号!

今年度はペースが遅いです。あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。

あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。
もう1月も半ばですが、扱っている写真は青い空と緑のイネの風景。やってて少し違和感があります。表紙は「何にしようか」と何周もグルグル回っているうちに誰も写っていない写真になってしまいました。
あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。
今シーズン驚いたのはスライドモアが15回も出動していたということ。こういうのも集計してみないと実感しませんよね。
あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。
今号でページを割いたのは市民運動会。割いたとはいっても紙面は限られていて、写真を選んだり割り付けたりするのにはずいぶん時間がかかりました。
あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。
選んだ写真は大きくしたいし、でもやっぱりそういうわけにもいかなくて・・・
保全会活動や町内のパブリックっぽい動き、全員が参加するとばかりは限りません。なんていうことのない話かもしれませんが、保全会活動の記事の間に埋め草というか、そんな感じで詰め込んでいます。
保全会活動や町内のパブリックっぽい動き、全員が参加するとばかりは限りません。なんていうことのない話かもしれませんが、保全会活動の記事の間に埋め草というか、そんな感じで詰め込んでいます。
あるとき払いの催促なし、境保全会の活動や米作り、町内の出来事などの回覧、不定期刊の超ローカルマガジン「SHIMAgazine」25号ができました。
埋め草というわりにはかなり大きなスペースを取っている「撮りトラ」の記事ももちろんあります。考えてみればシマガジンの中で「撮りトラ」を何にしようか考えるのがいちばん楽しい。もっと言うなら「撮りトラ」がSHIMAgazineのモチベーションになっている部分もあります。

考えてみたら「どういうことからモチベーションが生まれるのか」ってひとそれぞれなわけで、必ずしも「こうすべきだから」ということとイコールじゃないですよね?

趣旨通り「きれいにすること」がモチベーションな人ももちろんいるでしょうし、やってきた人とおしゃべりすることがモチベーションな人もいるでしょう。僕みたいに写真を撮ったりするのがモチベーションな人もいるかもしれません。

というより、様々な周辺の思惑から結果としての「こうあるべき」とか「こうなったらいいな」が生まれるような気がします。

農村の多面的機能を強化していくというのが保全会活動の目的ですけど目的を遂行するのって「こうすべきだ」だけの一本槍ではダメで、もやもや曖昧な部分もないとうまくいかないんじゃないかなぁ・・・などと言い訳がましく理屈を考えるのでした。