丸から四角への切り替えは1970年に行なわれたのではないか?クレイソンM122/クレイソン8050比較

麦とトウモロコシ!トウモロコシを刈れるんだ!ボリュームみたいなつまみと思ったけど、まさか切替スイッチですよね? トウモロコシとコムギの合の子なんてないですし・・・。でも天気のスイッチもある・・・曇りと晴れ。これは中間とか微妙な位置があってもいいよなあ・・・

今日は昔の写真を眺めていて気になったこと。初めはちょっと儲け至上主義というか手を抜いていると思い、後にそういうものなのだと思い直した新旧コンバインの仕上についてです。

 

スペリー・ニューホランド クレイソン8050汎用コンバインです。
スペリー・ニューホランド クレイソン8050汎用コンバインです。New Holland 8050コンバインは1980〜1982年(約30年前ですね)製造。刈幅は396cm幅。エンジンはフォード2715、6気筒6220cc116馬力。シリーズの中にはフィアットのエンジンを積んでいたものもあるそうです。

 

一方こちらはクレイソンM122汎用コンバイン。1969年製です。上の8050とは10年以上の歳の開きがあるというわけです。ニューホランドは1947年にアメリカの機械や電気製品の企業であるスペリー社に買収されていて、そのスペリー・ニューホランド社が1964年にクレイスコンバインを買収して1967年にクレイソンコンバインとなりました。つまり1969年生まれのこのコンバインは、スペリー・ニューホランド社の、クレイソンブランドのコンバインということになります。
一方こちらはクレイソンM122汎用コンバイン。1969年製です。上の8050とは10年以上の歳の開きがあるというわけです。ニューホランドは1947年にアメリカの機械や電気製品の企業であるスペリー社に買収されていて、そのスペリー・ニューホランド社が1964年にクレイスコンバインを買収して1967年にクレイソンコンバインとなりました。つまり1969年生まれのこのコンバインは、スペリー・ニューホランド社の、クレイソンブランドのコンバインということになります。10年の開きのある両者、違いがわかりますか?

四角と丸

 

こちらはスペリー・ニューホランド クレイソン8050
こちらはスペリー・ニューホランド クレイソン8050。運転台です。

 

こちらはクレイソンM122の運転台。
こちらはクレイソンM122の運転台。

 

クレイソンM122の運転台の角の処理を見てください!
クレイソンM122の運転台の角の処理を見てください!

 

クレイソン8050の運転台正面のエンブレム。
クレイソン8050の運転台正面のエンブレム。

 

こちらはクレイソンM122のエンブレム・・・そうです。古いほうが圧倒的に手が掛かっています。
こちらはクレイソンM122のエンブレム・・・そうです。古いほうが圧倒的に手が掛かっています。

 

スペリー・ニューホランド クレイソン8050汎用コンバインのハンドルまわり。(ピントが抜けちゃってますけど)
スペリー・ニューホランド クレイソン8050汎用コンバインのハンドルまわり。(ピントが抜けちゃってますけど)

 

それに対してクレイソンM122のハンドルまわりの美しいこと!
それに対してクレイソンM122のハンドルまわりの美しいこと!

 

今回は運転席まわりを中心に・・・このクレイソンは計器がたくさん並んでいます。今まで見たものはメーターがひとつしかなかったのに・・・
スペリー・ニューホランド クレイソン8050汎用コンバインの運転席まわり。さすがに新しいだけあって、計器がたくさん並んでいます。

 

クレイソンM122は計器類はないけど、こんな部分まで角の丸めを採用。
クレイソンM122は計器類はないけど、こんな部分まで角の丸めを採用。

 

工具箱だって丸で、こんなにステキなんです。
工具箱だって丸で、こんなにステキなんです。

 

開くとこんな感じ。
開くとこんな感じ。

 

ウインカーだって丸です

 

このウインカー、カッコいいです。好き!
このウインカー、カッコいいです。好き!

 

 

 

M122の灯火類の中でも一番好きなのは、ウインカーのインジケーターランプに使っているHELLAの貝がらランプ。多分ガラスレンズ。このタイプのウインカーはウニモグにも使われていました。
M122の灯火類の中でも一番好きなのは、ウインカーのインジケーターランプに使っているHELLAの貝がらランプ。多分ガラスレンズ。このタイプのウインカーはウニモグにも使われていました。

 

一方、8050は四角

 

丸ウインカーのメーカーはわかりませんでしたが、こちらの四角ウインカーのメーカーはHELLAです。
丸ウインカーのメーカーはわかりませんでしたが、こちらの四角ウインカーのメーカーはHELLAです。

 

1970年と1980年

 

1969年製のM122と1980年〜1982年製の8050を比べてきました。コンバインだけ見てもわからないのでクルマはどうかと調べてみると70年は丸と四角の分かれ目な感じがします。

 

スバル360も(Mytho88 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4618127による)
スバル360も(Mytho88 – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4618127による)

 

カルマンギアも(Mo - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1182544による)1970年に生産が終っています。
カルマンギアも(Mo – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1182544による)1970年に生産が終っています。

 

そして80年には何もかも四角いこんなクルマの全盛期です。
そして80年には何もかも四角いこんなクルマの全盛期です。

 

眺めていると、四角く!というのは時代の要請だったのかも・・・と思います。コンバインの世界も丁寧な仕上が木口丸見えに変わり、退化のように感じる丸から四角への移り変わりですが、農機が普及し、あたりまえに仕事に使うようになり、「そんなところに金掛けるんだったらもっと安くしろ」のような声に答えたのかなぁ・・・などと考え直してしまいました。

 

今日はこんなところです。また明日!

 

 

 

 

日本で最初の自脱型コンバイン、イセキHD50型@北海道開拓の村

で、なぜかそこにあったのが日本で最初の自脱式コンバイン(と、当人が称している)井関農機のHD50型。『井関農機60年史』によると、1967(昭和42)年7月、国産自脱型コンバインの尖兵として生産・販売を開始した。とあります。

今日は北海道開拓の村で見た、日本で最初の自脱型コンバインイセキHD50型(多分)です。

 

北海道開拓の村(ほっかいどうかいたくのむら、英称:Historical village of Hokkaido)は、北海道札幌市厚別区厚別町小野幌(野幌森林公園内)にある野外博物館で、明治の頃の建物がたくさん移設されている魅力的な施設です。
北海道開拓の村(ほっかいどうかいたくのむら、英称:Historical village of Hokkaido)は、北海道札幌市厚別区厚別町小野幌(野幌森林公園内)にある野外博物館で、明治の頃の建物がたくさん移設されている魅力的な施設です。

 

入場券などを販売する管理棟は札幌停車場で、木造だと思われるのに写真のフレームに納まりきらない大きさです。
入場券などを販売する管理棟は札幌停車場で、木造だと思われるのに写真のフレームに納まりきらない大きさです。

 

で、なぜかそこにあったのが日本で最初の自脱式コンバイン(と、当人が称している)井関農機のHD50型。『井関農機60年史』によると、1967(昭和42)年7月、国産自脱型コンバインの尖兵として生産・販売を開始した。とあります。
で、なぜかそこにあったのが日本で最初の自脱式コンバイン(と、当人が称している)井関農機のHD50型。『井関農機60年史』によると、1967(昭和42)年7月、国産自脱型コンバインの尖兵として生産・販売を開始した。とあります。以前取りあげたことがあるので2回目の登場です。

 

運転中は手を入れないでください「危険」というステッカーも生き残っていて、本体は再塗装と思われるもなかなかのグッドコンディションです。
実機を見るのは初めてです。運転中は手を入れないでください「危険」というステッカーも生き残っていて、本体は再塗装と思われるもなかなかのグッドコンディション!

 

前述の『井関農機60年史』によればHD50の仕様・特長は

 

  1. 高能率で刈取りから脱穀までの作業時間を約16分の1に短縮した

  2. 小型軽量(500kg)で、価格も小売50万円と手ごろである

  3. 小回りができるので小区画の圃場でも十分使える

  4. 脱穀部が時脱型タイプなので穀粒損失、消費動力が少ない

  5. 操作系等が簡素化されているため、熟練したオペレーターを必要としない

  6. クローラを特殊構造としたため、走行性能が安定している

  7. 草丈に合わせて扱ぎ深さを調節することができる

  8. 刈高さを自由に調節することができる

  9. 専用の籾袋ホルダーをワンタッチで交換する事ができ、途中で機械をとめなくてよい

 

とあります。

 

また、HD50は1968(昭和43)年の「HD50A型」1969(昭和44)年には「HD50B型」と立て続けに改良し、同1969(昭和44)年に折りたたみイスつきの乗用歩行兼用型の「HD50R型」そしてついに1970(昭和45)年には初めての乗用型「HD650型」「HD660型」を発売したそうです。

 

文字がジャマなのでどけてみると・・・どうも愛称が「Frontier」というみたいです。いまでも「フロンティア」という名前は使ってますよね?
イセキのサイトの写真と比べると、こちらのほうは運転中は手を入れないでください「危険」のステッカーも失われていますし、その下のカバーも失われています。

 

上の写真に比べると回転部分の注意書きも残されていますし、ヰセキコンバインのステッカーも残っており、販売されたオリジナルの状態に近いものと思われます。
上の写真に比べると回転部分の注意書きも残されていますし、ヰセキコンバインのステッカーも残っており、販売されたオリジナルの状態に近いものと思われます。こちらはデバイダ上部の長丸の中央に穴がないです。

 

そこから各社が競って市販品開発をはじめたという経緯のようです。
イセキのサイトのHD50と同じ機体と思われる別の角度からの写真。プーリーに掛かったベルトの取り回しも違いますね。

 

明日から使えるんじゃないか?というくらいの素晴らしいコンディションのHD50。どういう経緯でそこにあったのか、なにも情報はありませんでした。きっと色々な物語があったのでしょうね。

 

今日はここまでです。また明日!