Isekiのバッジ、アリ/ナシ。ポルシェ・ディーゼル329「撮りトラ」

おもしろいなと思ったのは、このエンジンフード脇に付いているバッジです。ロゴの雰囲気をそろえてオリジナルで「Iseki」となっていてお金をかけた感じがします。

今日は某所の屋外展示場っぽいところで見たイセキポルシェ、Suoer Export 329 「撮りトラ」です。

訪れる人も少ないのでしょう・・・かなり自然物と化してしまっているイセキ・ポルシェ、Super Export 329です。
訪れる人も少ないのでしょう・・・かなり自然物と化してしまっているイセキポルシェ、Super Export 329です。イセキの社史である「井関農機60年史」によれば、このトラクターはTP329という型番で昭和38(1963)年中頃から40(1965)年の終わりまで販売されていたようです。
キャプションが付いています。 PORSHE-DIESEL 329 4606 スペック 38馬力、3気筒空冷エンジン:2625cc ポルシェ独自の油圧カップリングシステム 最高速度は時速15マイル と書いてあります。
キャプションが付いています。
PORSHE-DIESEL 329 4606
スペック 38馬力、3気筒空冷エンジン:2625cc
ポルシェ独自の油圧カップリングシステム 最高速度は時速15マイル
と書いてあります。
おもしろいなと思ったのは、このエンジンフード脇に付いているバッジです。ロゴの雰囲気をそろえてオリジナルで「Iseki」となっていてお金をかけた感じがします。
おもしろいなと思ったのは、このエンジンフード脇に付いているバッジです。ロゴの雰囲気をそろえてオリジナルで「Iseki」となっていて、お金をかけた感じがします。
別な場所で見た別のポルシェディーゼル329はこのようになっています。スーパーエキスポートの文字は配置を変えたもののモノそのままに、「Iseki」を追加した感じ。違和感なく仕上がっています。
別な場所で見た別のポルシェディーゼル329はこのようになっています。スーパーエキスポートの文字は配置を変えたものの、モノはそのままです。上の写真はよくわからないモールを取り払って「Iseki」を追加した感じですよね。
井関ZETOR3011 37馬力
後のゼトアなどが銘板をリベットで留めただけなのに比べると破格の待遇です。(形式はTZ-3011とあります。エンジンは2350ccで37馬力を2000回転で発生させるみたいです。)
井関ZETOR3011 1968年
全体像はこちら。井関ZETOR3011 1968年
ポルシェがトラクターを作らなくなって、後継に選定されたのがゼトアでしたね。
エンジンフードにはステキなオリジナルバッジが付いていましたが、エンジンに付いているのは型式が329と記されたポルシェオリジナルの銘板です。
エンジンフードにはステキなオリジナルバッジが付いていましたが、エンジンに付いているのは型式が329と記されたポルシェオリジナルの銘板です。
ホースの繋がった小さな部品。BOSCHの銘版が付いています。inporte D'allemagne なぜかフランス語でドイツ製と書いてあります。太いホースが繋がっていますがオイルポンプか何かでしょうか?部品は色々外国製・・・イセキの名前がついていますが、国内で作ったのかそれとも輸入したものにただバッジを付けたのか気になるところです。
ホースの繋がった小さな部品。BOSCHの銘版が付いています。inporte D’allemagne なぜかフランス語でドイツ製と書いてあります。太いホースが繋がっていますのでオイルポンプか何かでしょうか?部品は色々外国製・・・国内で作ったのか、それとも輸入したものにただバッジを付けたのか、気になるところです。

調べてみたらちょうど前述のイセキの社史である「井関農機60年史」P133に記載がありました。ちょっと長くなりますが引用します。

 当社は、37年夏からポルシェ・ディーゼル社と交渉を始め、同年9月、ポルシェトラクタ219型および309型を対象とする販売代理契約を締結、続いて同社との技術援助契約締結の許可申請を通産省に提出した。そして、これが38年5月に許可されたので、同月16日、概要次のような技術提携契約を締結した。

  1. ライセンス対象トラクタ・・・219型、309型、329型。
  2. 製造地域・・・昭和42年12月までは日本に限る。以降は自由。
  3. 販売地域・・・極東地域での独占販売。
  4. ロイヤリティ総額・・・125万ドイツマルク(1億1250万円)。
  5. 完成品の輸入・・・生産開始までの期間(1年間)に150台輸入し、販売する。

この契約は、農機業界における外国製トラクタの技術提携に先鞭をつけた。

とありました。これによれば僕の見た329のうち、「Iseki」のバッジが無いものが、上の引用で 5.の生産開始までの期間(1年間)に150台輸入したものの内の1台。

そして今回取りあげた「Iseki」のバッジ付のものが、国内生産で生産され、昭和38(1963)年中頃から40(1965)年の終わりまで販売されていたものの中の1台、ということが想像できるのではないでしょうか?

今日はこんなところです。また明日!

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